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番外編⑤ 先輩が家にやって来た 3

――あぁ、自己嫌悪だ。頭ではダメだとわかっていたのに、結局最後までシてしまった。 すぐ隣の部屋には兄さんが居たのに。バレたりしていないか気になるけれど、それを確かめるのは怖い。 橘先輩が帰るのを見届けた後、兄に会うのはなんとなく気まずくて、急いで部屋に籠ってしまった。 そもそも、なんで今日に限って家に戻って来たのだろう。彼女さんが一緒じゃなかっただけまだよかったけれど、タイミングが悪すぎた。 兄さんの部屋からは物音ひとつしないし、正直、いるのか居ないのかすらわからないレベルで静かだ。 もしかしたら、僕たちが部屋にいる間、リビングにいたとかそう言う可能性だってあるかもしれない。いや、きっとそうだ。そうに違いない。 そう都合よく解釈して自分を納得させていると、キッチンから母さんの声が聞こえて来た。 僕が部屋を出ようとしたのとほぼ同時。隣の部屋のドアがガチャリと開いた。 「……居たんだ、兄さん」 「俺がいたらまずい事でもあるのか?」 そう言って、意味ありげににやりと笑う。 「べ、別に……そういう訳じゃないけど」 「ふぅん……」 兄さんはそれ以上何も言わずに先に階段を下りていく。あぁ、最悪だ。きっと兄さんは気付いてる。 確信はないけれど、何となくそう思った。 今までの経験上、絶対に何かしら兄さんの方からアクションを起こしてくると思っていた。 でも実際はそんな事もなく、夕食の時も普段どおりだったし、昔みたいに風呂の中に乱入してくる事もない。何気ない日常が繰り返されているだけで何もおこらず、僕の杞憂だったのだと思い知らされた。 だから、すっかり油断していたんだ。  ずっと兄さんに何か言われるんじゃないかって気を張り詰めていたから、胃も痛いし何だかどっと疲れてしまった。取り合えず今日は早く寝てしまおう。 そう思って自分の部屋のドアを開けると、僕のベッドの上に兄さんが居て一瞬訳が分からず二度見してしまった。 「ここ、僕の部屋なんだけど」 「知ってるよ。お前とちょーっと話がしたくてさ、待ってたんだ」 意味深な事を言い、卑下た笑みを浮かべながらこっちに来いと手招きをする。 「僕は、別に兄さんと話すことなんて何も……」 「そう堅い事言うなよ。昼間の事、父さんたちにばらしてもいいのか?」 「な……」 咄嗟に返す言葉が浮かばなかった。驚いて固まってしまった僕を見て、兄さんは益々笑みを深くする。 あぁ、やっぱり昼間……聞かれていたんだ。 兄さんの言葉に絶望し、目の前が一気に暗くなった気がした。足元が何だかグラグラして覚束ない。 ここに座れと、手で合図され僕は兄さんから人一人分距離を取ってベッドに腰を掛けた。 なのに兄さんがその距離をグッと詰めて来るからそのたびに僕はまた横にずれる。 そんな事を2,3回繰り返し、ベッドの枕木まで追いやられて僕はとうとう観念した。 「で、なに? 冷やかしに来たの?」 「なんだよその言い方。可愛くないな」 「僕が可愛かったことなんて一度もないでしょ」 「そうでもないけど、な……」 そう言いながら肩を抱かれて引き寄せられた。行動の意味が理解できずに身を固くしていると兄さんがするりと唇を耳元に寄せて来る。 「ちょっと、近いよ兄さん」 「まぁ、気にすんなって。それより、昼間の事なんだけど、お前らさ……」 気にするなと言われても気になって仕方がない。頭を振って逃れようとしたそのタイミングで、昼間の事と話題を振られぎくりと身体が強張った。 「……っ」 「一体なんの動画見てたんだよ。、俺、めっちゃ好みだったんだけど」 「は……?」 動画、とは? 一瞬、兄さんが何を言っているのかわからなかった。 勿論僕らは動画なんて見ていないし、あの後はきちんと勉強に勤しんでいた。一体何の話をしているのだろう? 「とぼけんなよ、昼間二人して見てたんだろ? エロ動画。声丸聞こえだったぞ。いやぁ、ちょっと低いけどあのエロい声の子、堪んねぇな~。想像しただけで抜けたわ」 「――……」 やや興奮気味に語られ、ようやくその意味に気付いた僕はクラっと軽い眩暈を覚えた。 どうやら兄さんは昼間の声の主が僕だと気付いてはいないようだ。 それは不幸中の幸いだったんだけれど、まさかAVと間違われただなんて!! しかも、今なんて言った?  僕の声をオカズにしてた……!? ホント、最悪だ。 「あり得ない……」 「なんでだよ、ていうか動画のタイトル教えろよ探すから」 「あー……えっと、うーん……アレは先輩のだから、よくわからないんだ。ゴメン」 「そっかそっか、じゃぁその先輩にタイトル聞いといてくれ」 頼んだぞ! と、僕の肩に手を置いて言いたいことだけ言って兄さんは部屋から出ていく。 「……あぁ、ほんっと最悪……」 何が兄さんの性癖に刺さったのかはわからないけれど面倒くさい事になってしまった。 もう二度と、兄さんが居る時に先輩を家に呼ぶのは止めよう。 深い溜息と共に、僕はそう、心に誓った。

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