21 / 152

強化合宿は波乱の予感②

「よーし、今日の練習はここまで。後は夕食の時間まで自主練習だ。各自苦手な分野を重点的に練習すること!」 「うっす!」  増田の号令に、部員達は疲労困ぱいといった感じで床に座り込みながら、はぁはぁと荒い息を吐いていた。  全身から汗が噴き出して止まらない。  雪哉も壁に寄りかかり、シャツを捲って滴り落ちて来る汗を拭うとはぁっと大きなため息を吐き出した。  こんなにキツイ練習をしたのは久しぶりかもしれない。  基礎練だけでもかなり厳しいというのに、それに加えてあの地獄のような砂浜ダッシュ。  普段からあまり運動をしていない部員の中には既にバテてしまっている者も多い。  和樹なんて、体育館の床に突っ伏したままピクリとも動かない。 「おーい、和樹。生きてる?」  良く冷えたスポーツドリンクを首筋に押し当て顔を覗き込むと、和樹はビクッと身体を震わせた。 「つめた……っ! 雪哉~何するんだよ」 「良かった。動かないから心配したよ」  そう言って笑いかけると、和樹は壁に凭れて座りなおし、ペットボトルに口を付けた。 「あ~、生き返る~」  ゴキュリと喉を鳴らして飲み干すと、ぷはぁと一仕事終えた後の様な満足げな顔で笑みを漏らす。 「おっさん臭いな……。そんなに一気に飲んでお腹壊すなよ?」 「大丈夫だって。俺、人一倍頑丈に出来てるから」 「ふは、なんだよ、それ……」 「――、おい、萩原」  和樹の言葉に思わず吹き出すと、背後から突然声を掛けられた。  振り返ると、そこにはボールを抱えた橘が立っていた。なんとなく、嫌な予感がする。 「1ON1やろうぜ」  言うと思った。練習が終わったばかりだと言うのに、橘は疲れを感じさせない爽やかな笑顔でボールを放ってくる。  反射的に身を屈めて受け取ると、橘がニヤリと笑って手招きをした。 「ほら、早く来いよ」 「はぁ……わかりました。少しだけですよ」 本当にこの人はバスケ馬鹿だと思う。それに付き合ってやる自分も大概だとは思うが。 しかし、ここで断れば、なんだか負けたような気がするので素直に従う事にする。 じゃ、いくぞ」 「何処からでもどうぞ」 ボールをつきながらジワリと間合いを詰めてくる。そして、雪哉が構えたところで素早く踏み込んで来た。 咄嗟に反応し腰を落として食らいつく。 絶対に抜かせない。ボールを構えた橘をよく見る。  視線は向かって左。  姿勢……やや前傾、右脚に体重がかかり気味。 予想どうり橘が左に動く。それをサイドステップで足止めする。 「チッ、隙がねぇ……」  橘は小さく舌打ちすると一歩下がった。 ボールを扱う手を交互に入れ替えてドリブルしていく。 橘の表情が段々と真剣なものへと変わっていき、ピリリとした緊張感が肌に伝わってくる。 どっちから来る? 右かいや左……っ。 時折フェイントを交えて突破しようとしてくるが、そう簡単には抜かせない。 暫くして、橘の動きが一瞬止まる。その刹那、重心が後ろに下がる。後ろへ跳ぶ気だ。 そう思った瞬間、雪哉は無意識のうちに動いていた。ダンっと力強く地を蹴り跳躍し橘の行く手を阻むように空中で待ち構える。 雪哉の読みどうりに橘の手から放たれたボールを叩き落とし、雪哉はふぅ、と息を吐いた。 「はい、僕の勝ちですね」 そう告げてニッコリと微笑むと、橘は悔しそうに歯噛みして言う。 「くそっ、もう1回だっ!」 「ぇえ……。まだやるんですか?」 「負けっぱなしじゃ、悔しいからな」 「何度やったって同じだと思いますけど……」 「いいから、やろうぜ!」 転がって来たボールを拾い上げ、橘がにやりと口角を上げる。その挑発的な表情に胸がざわついた。 先程までとは打って変わった真剣な眼差し。まるで試合中のような鋭い視線が雪哉を射抜く。 ゾクッと背中に何かが走った。無意識のうちに体が反応する。橘がドリブルで切り込んでくる。速い。 一瞬たりとも目を離せない。 (……あ) 橘がフェイントを仕掛けた。それに釣られて足が一歩前に出る。 その隙を見逃さなかった橘が一気に抜きに来た。 ――パシッ 咄嵯に伸ばした手がボールに触れ、橘の手から雪哉の足元へ戻って来る。それを雪哉はキャッチし、軽く息を整えてから再び橘と対峙した。 橘の反応は速い。しっかりと腰を落とした構えだ。攻める側としては抜きづらく撃ちづらい、いい間合いのディフェンスだ。 先程までとは打って変わった真剣な眼差し。まるで試合中のような鋭い視線が雪哉を射抜く。 ゾクッと背中に何かが走った。無意識のうちに体が反応する。橘がドリブルで切り込んでくる。速い。 一瞬たりとも目を離せない。 (……あ) 橘がフェイントを仕掛けた。それに釣られて足が一歩前に出る。 その隙を見逃さなかった橘が一気に抜きに来た。 ――パシッ 咄嵯に伸ばした手がボールに触れ、橘の手から雪哉の足元へ戻って来る。それを雪哉はキャッチし、軽く息を整えてから再び橘と対峙した。 橘の反応は速い。しっかりと腰を落とした構えだ。攻める側としては抜きづらく撃ちづらい、いい間合いのディフェンスだ。 右にドリブル。左足を軸にしてターンし、今度は雪哉が橘を抜きにかかる。 だが橘の反応が速すぎて抜けない。右脚を引っ込めて一旦体勢を戻す。  雪哉は一歩下がった。 じゃぁ、今度は――。右から左、そして右へとボールを持ち手を交互に入れ替えて左右に揺さぶってみる。だが、それでも橘は冷静に付いてきた。ならば、これはどうだ。 一旦左に重心を置き、フェイク動作を入れもう一度右から抜きにかかる。 「はっ、そう来ると思ってた!」 すかさず橘がスティールしようと手を伸ばし――。 次の瞬間、ボールは既にそこにはなかった。 「はっ?」  同時に床でボールが跳ねる音。そして、ボールは雪哉の背中越しに左手に現れる 「背面持ち替え(バックチェンジ)!? くそ……っ」 気づいた時には、橘が伸ばした手の横を雪哉がすり抜けていた。 そして流れるような動きで素早くシュートモーションに入ると橘がジャンプするより早くロングシュートを放った。 高い軌道を描いたそれはスパッと小気味いい音を立ててネットに吸い込まれていく。 「よしっ」 小さくガッツポーズをするとそのまま、素早く橘を振り返った。 悔しそうに顔を歪めた橘がそこに立っている。 「くそっ、もう一回だ!」 「えぇ、またですか?」 額に滲んだ汗を手の甲で拭い、当然だとばかりに橘が真剣なまなざしを向けて来る。 「仕方ないな……。じゃあ、あと一回だけですよ?」 はぁとため息を吐き出して雪哉が応じると、橘の顔が嬉しそうに輝いた。 (全く、子供みたいな顔しちゃって……) 苦笑しながら、雪哉は再びコートの中に足を踏み入れた――。

ともだちにシェアしよう!