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強化合宿は波乱の予感③

   それは久しぶりの感覚だった。今この瞬間、自分が何をすべきかがはっきりとわかる。  どう動けばいいのか、次に何が来るのか。  まるでスローモーションのようにゆっくりと流れる時間。  頭で考えるよりも先に、体が勝手に動く。  相手の動きを読んで先回りする。  そうして、何度も何度も攻守を繰り返しているうちに、いつしか無我夢中でボールを追いかけていた。  一体どれくらいの時間そうして戦っていただろうか。  橘が不意にふっと力を抜いた。  それを合図に、雪哉も同じように体から力を抜いてボールを投げ出すと、橘は膝に手を付きながら大きく息を吐き出す。  はぁ、と自分の口からも溜まっていた熱を逃がすように深い呼吸をした。  濡れて重くなったシャツの襟ぐりで額の汗を拭った。それでも体の熱さは全く引く気配がない。  全身から吹き出した汗がシャツを濡らし、背中にまで流れ落ちる。 「暑っつ……」 「っ、は……やっぱ萩原強ぇな……」  隣に腰を下ろした橘が大きく息を吐いて、その場に仰向けに寝転んだ。  体育館の高い天井を見つめながら、橘が苦しげに呟く。  橘との1ON1を終え、雪哉も橘の隣に横になってみた。ひんやりとした床の冷気が火照った肌に心地良い。  いつの間にか周りに居た部員たちは外に出て行ったらしく、体育館には雪哉達以外誰もいなかった。 「あー……疲れた。でも、なんだろ……楽しかったです」  心地いい疲労感に包まれながら、雪哉は自然と笑みを零した。  その顔を見て橘もふ、と表情を緩める。 「……少しは元気になったみたいだな」  と言われ、一瞬何のことだかわからなかった。 「最近ずっと、練習中上の空だっただろお前」 「ぁ……」  橘の言葉にハッとする。確かに、ここ数日あまり集中出来ていなかったかもしれない。  思わず言葉を失った。  もしかして自分を心配してわざわざこんな事を?  練習中もよく目が合うと思っていたけれど、まさか気にしていてくれたとは思わなかった。  それなのに、自分は……最近あった色々な出来事を気にしてばかりで、バスケに集中しきれていなかったなんて。なんだか、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。 「それにしても、あっちーな……」  橘の指先が、汗ばんだ前髪を掻き上げる。その仕草が妙に色っぽくみえて、雪哉は慌てて目を逸らした。 なんだか顔が熱いし、鼓動も中々収まってくれない。こんなにドキドキするのはいつぶりだろうか。  いや、別に変な意味じゃない。ただ単に、こんなに運動したのは久しぶりだから心臓がびっくりしているだけだ。きっとそうだ。 「ほんっと暑い……」  夏の夕暮れは遅い。 既に7時を回っているようだが外はまだまだ陽が高いようだ。海からの潮風が頬を撫でる感覚に目を細めた。  雪哉は自分の頬に手を当ててみる。まだ少し、ほてっているような感じがした。

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