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終わりと始まり⑤
「昨日はごめんな、雪哉。お詫びと言っちゃなんだけどさ……帰りにマジバ寄ってかね?」
ミーティングが終わり、帰り支度をしていると不意に和樹が言った。
相変わらず外は蒸し暑く、今日も気温は35度を超えていたらしい。 もう夕刻だと言うのに陰りを知らない太陽は容赦なくジリジリと照りつけ、アスファルトからはゆらりとした陽炎が立ち上っている。
生ぬるい風が二人の間を吹き抜けて、汗で張り付いたシャツの襟を揺らした。
「いいよ、別に」
「たく、付き合い悪いな……たまには――えっ!? いいの!?」
どうやら断られる前提だったらしく、予想外の返答に驚いた顔を見せる。
その表情が何だかおかしくてクスリと笑うと、雪哉は小さく肩をすくめた。
どうせこの後、体育館は使えない。いつもなら居残って一人で練習する所なのだが、今日は体育館の床を滑りにくくするメンテナンスとやらの為練習禁止を言い渡されている。
ちょうど、そろそろ合宿の必要物品の買い出しに行こうと思っていた所だったのだ。
それに、一人でいるとあの夏祭りの夜の事を思い出して、気分が落ちてしまう。
普段は色々と考えることが多くて気が紛れているものの一人になるとダメだ。
考えたくもないのに拓海と加治のキスシーンがリフレインされて、その度に胸が締め付けられる。泣きながら目覚めることなんてしょっちゅうでその度に自己嫌悪に陥る。
早く忘れたい。
そう思うのに、どうしても忘れられなくて……自分で自分が嫌になる。
それならば、いっそ誰かと一緒に行動していた方が気が楽だと雪哉は思った。
だから、和樹の誘いに乗ったのはただそれだけの理由だった。
「やっべー、超レアじゃん」
嬉しそうな声にハッと思考を現実に戻すと、いつの間にか目の前に立っていた和樹は満面の笑みを浮かべていた。
何がそんなに嬉しいのか、和樹はまるで子供のように目を輝かせている。
そんなに喜ぶようなことか? と、苦笑しつつカバンを肩に担ぐ。
「大袈裟だよ」
「んな事ねぇよ。だっていっつも断ってばっかだったじゃん」
そうだっただろうか? あまり自覚は無いが、そうだったような気もしなくはない。
そう言われてみればそうかもしれない。今までたいして意識したことは無かったが、よくよく考えてみたらいつも断るばかりだったような……。
毎日部活と家の往復ばかりで、友達と遊びに行くことなんて滅多に無い。
拓海と一緒に帰っていたころは、時々寄り道して帰ったりもしていたが最近は塞ぎこんでばかりいたから、言われてみればこうして誰かと寄り道するのは随分と久しぶりだった。
だからなのか、今の状況が酷く新鮮で、なんだかくすぐったい。
二人で並んで校門を出て、駅前の大通りへと歩いて向かう。夏休みということもあり、もう夕方だと言うのに普段よりも人出が多く賑やかだ。歩道には浴衣を着た女の子の姿もちらほらと見える。
最近では、浴衣を着て店に入るとそれだけで特典が貰えるサービスがあるらしい。以前、拓海がそんな事を話していたのを思い出した。
きっと、そのせいだろう。
普段よりも沢山の人が行き交う通りは、何処か非日常的で、少しだけ浮き足立ってしまう。
隣を歩く和樹も、心なしかご機嫌な様子で鼻歌まじりに歩いている。
そう言えば昨夜はあれから増田とはどうなったのだろう? 何か進展でもあったのだろうか?ふと、そんな事が頭に浮かぶ。
いや、でも、そんな事を聞くのは野暮というもの……。きっと、和樹の性格なら何かあればすぐに自分から自慢げに話しに来るはずだ。
「それにしても暑いよな……着いたら冷たいバニラシェイク飲もうぜ」
「いいね。じゃぁ僕はチョコミントにしようかな」
そんな他愛のない会話を交わしつつ、二人は駅に向かって歩みを進める。
まだ暑さが残る夕暮れ時。一向に涼しくなる気配のない空を恨めしげに眺めつつ、雪哉達は目的の場所へと向かった。
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