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終わりと始まり⑥

「はぁ、生き返る~……」 「ほんっと、それ」  店内に入るとひんやりとした空気が肌に触れ気持ちが良かった。 店の中は煌々と明るく、客の数もかなり多い。この時間帯になると、部活帰りの学生や仕事を終えたサラリーマンで溢れかえっていた。 それでも、地獄のような暑さの中を歩いて来た二人にとっては天国に思えるほど心地の良い空間で、思わずほうと息をつく。 幸い、レジはすいていたので直ぐに注文は出来たものの、座席はほぼ満席状態に近い。 何処か空いている場所はないかとトレイを持って辺りを見回していると、目と鼻の先にあるボックス席に見覚えのある茶色の髪が座っているのを発見し思わず、あっ、と小さく声を上げてしまった。  そこには橘と、あまりこの辺りでは見掛けた事のない制服を着た女子生徒が楽しそうに談笑している姿がある。  一瞬、見間違いか? とも思ったが、見慣れたあの横顔は間違いない。 「雪哉? どうし……うわ、橘先輩……っ! つか、だれあれ? なんか美人っぽい。彼女かな?」 和樹も気づいたようで、小声で雪哉に話しかけてきた。 「……さぁ?」 二人で一つのテーブルを挟み、楽しそうに談笑している姿は恋人同士に見えなくもない。 (……なんだ、彼女居たのか……) 別に気にする事はない筈なのだが何故か心がざわついた。腹の底になんだかよくわからないもやもやとした感情が渦巻いていくのを感じて戸惑いを覚える。 なんでこんな気持ちになっているのか自分でもよくわからなくて、動揺を隠すように橘から目を背けた。 「雪哉、大丈夫か?」 「えっ? あ、うん……大丈夫だよ」  急に声を掛けられて、ハッと我に返る。 デート中の橘と遭遇したなんて気まずい事この上ない。見付からないように違う席を探そう。 そう、思っていたのに――。 バチッと橘の彼女と目が合ってしまった。 彼女は雪哉の顔を見ると驚いたように目を大きく開き、そしてパァと花が咲いたように笑顔を見せた。 「え? なに、雪哉の知り合いか?」 「い、いや……全然……知らない子」 突然の事に驚きつつ、慌てて否定する。 だが、そんな事はお構いなしと言った感じに、彼女はこちらに向かって手を振って来る。 そして、案の定、彼女の態度に気付いた橘が振り向き、二人の姿を認めて……。 今度は橘と目が合った。瞬間、ドキリとして息を呑む。 「――げっ」  橘の瞳が大きく見開かれ、あからさまに嫌そうな顔をする。 自分達だって別に会いたくは無かった。彼女との逢瀬を邪魔するつもりなんて全然なかったのに。 「ねぇ、あなた。萩原雪哉君、でしょ?」 「えっ!? あ、はい」 いきなり名前を呼ばれて驚いていると、彼女が椅子を引いて立ち上がり、雪哉達の方に向かってくる。 その動きに合わせて、長い茶髪がサラリと揺れて甘い香りが漂ってきた。 近くで見ると、やはりかなりの美少女だ。化粧っ気の無い白い透き通るような素肌と大きな二重の目に整った眉毛。すらりと伸びた手足に華奢で小さな身体。 まるで人形のような可愛らしい容姿に一瞬見惚れてしまった。 でも、どこかで見たことがある気がする。  どこだったか……? 思い出せずに首を傾げると、彼女は雪哉の顔をマジマジと見つめ、にやりと口角を上げた。 「ふぅん……あなたが……」 「えっと、あの……?」 「動画で観るより実物の方がイケメンなのね」 「は、はぁ……」  そう言って妖しく微笑む彼女に、雪哉は戸惑いながら愛想笑いで返した。 一体何を言っているんだろう?  動画って何の話だ?  意味が分からず戸惑っていると、和樹が不思議そうに尋ねて来た。 「なに? お前有名人なの? て言うか、誰? あの人」 「いや、僕も初めて会ったんだけど……。動画ってなんの話なのかさっぱり……」    和樹に聞かれても身に覚えのないものは分かるはずがない。 すると、その様子を見ていた彼女が口元に悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。 「全中の試合、出てたでしょ? 千澄が同じ試合の動画を何度も繰り返し観てるから、あなたの顔覚えちゃった」 「えっ?」 「おいっ! 余計な事言うな一澄(いずみ)!」  橘が焦って制止するが、彼女は無視して話を続ける。 「いいじゃない。千澄が珍しく嬉しそうに貴方のこと話すから、一度会ってみたいと思ってたのよね。私、。橘 一澄(たちばな いずみ)よろしくね」  にっこり笑いながらそう言って差し出された手を雪哉は呆然と見詰めた。  これは一体どういう状況なのか。困惑していると橘が額に手を当て、はぁと深い溜息を吐く。 「……コイツ、俺の妹なんだ」 「ぇえっ!?」 まさかの発言に驚いて、雪哉は和樹と顔を見合わせ、彼女と橘を見比べた。    確かに、言われてみれば纏う空気は何処か共通のものを感じる。 「あら? 妹って言ってもたった5分しか違わないじゃない。兄貴面しないでもらえる?」  一澄は心底嫌そうに眉を寄せてツンっとそっぽを向いた。橘は苦虫を噛み潰したような表情で頭をガシガシと掻くと、諦めて肩をすくめる。 どうやらこの兄妹は仲が悪いようだ。しかし、見た目は似ていないのに雰囲気はそっくりだと雪哉は思った。 それにしても、まさか橘にこんな可愛い妹がいたとは。言われなければ、とても同じ高校生だとは思えない。 そんな事を考えつつまじまじと彼女を見ていると、視線を感じたのか、橘が不機嫌そうに睨んできた。 その鋭い眼光に、思わずビクッと身を震わせる。 怖い……っ。 やっぱりこの人は苦手かもしれない。 だが、和樹はあまり気にしていないのか彼女の手を取り、にこにこと屈託のない笑みで自己紹介を始めた。和樹はこういうところが凄いと雪哉は思う。 初対面の相手に臆することなく接する事が出来るのだから。 「俺、鷲野和樹っていいます! こっちは親友の萩原雪哉。 いやぁ、橘先輩にこんな美人な妹さんが居たなんて知らなかったな~」  やや食い気味に和樹がいつもの調子でにへらと笑うと、橘が露骨に顔を歪め心底嫌そうな顔をする。 「……ちっ、どこが美人だよ。中身はただの性悪女だぞ」  ぼそりと呟いた橘の言葉に、笑顔を張り付かせたまま一澄さんの鋭い肘鉄が飛んでくる。  短い呻き声をあげて腹を押さえる橘の姿に既視感を覚え、やはりこの人は本物の兄妹なのだと悟った。

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