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終わりと始まり9

「……嘘だろ? ついさっき始めたばかりなのに……」 足元に積み上げられた景品の山を見て、雪哉は唖然とした表情を浮かべた。 和樹と合流するまでに5分と掛かっていない筈なのになぜこんなに積み上がっているのだろう? 「え? コツさえつかめば意外と簡単だぜ?」 きょとんとした顔をしながらもアームには6個目の景品がキャッチされてしまっている。 「簡単って、んなわけねぇだろ……お前の空間認知能力どうなってんだよ。視野広すぎだろ」 「あははっ、まぁ、昔からこういうの得意なんっすよ」 ゲットした景品を取り出して和樹がニカッと嬉しそうに笑って、今度は違う景品を狙い始める。 「はぁ、人って見掛けによらねぇ。……つか、和樹見てたらなんか簡単に獲れるような気がしてくるな」 「確かに……」 横で見ていた橘が感心したような声を上げると、同意するように雪哉もこくりと首を縦に振った。 「おっしゃ! 7つ目ゲット!」 「マジか……」 和樹の狙い通りの場所にアームが下りると、7つ目の景品がぽとりと落下する。 「すご……」 「ははっ、あいつ、ゲーセン出禁になるんじゃね? つか、お前もやってみろよ。もしかしたら本当に簡単に獲れるように設定してあるのかもしれないだろ?」 そうなんだろうか? 本当にそうなら、自分にも獲れるかもしれない。 こういった類のゲームは数えるほどしかしたことがない。 ドキドキしながらコインを入れ、ボタンに手を伸ばす。だが、現実はそんなに甘くないようで……。 「うわっ、駄目だ。全然取れない……」 無情にもアームはするりと抜け落ちてしまった。 悔しくて、もう一度挑戦するが結果は同じだった。 狙っているものにかすりはするものの一向に取れる気配がない。  クレーンゲームの前でがっくりと肩を落とし、今度こそ! とコインを入れたタイミングで 「たく、下手くそだな……」  と、呟く声が聞こえて来た。それとほぼ同時に後ろから覆いかぶさるような格好で腕が伸びて来て、熱い手の平がレバーを握る雪哉のそれと重なる。 「えっ、わ……っ」 突然の事に驚いて反射的に振り向くと、すぐ傍に真剣な表情の橘の顔があって、息がかかりそうな程近い距離に心臓が跳ね上がる。 「ちょっ、橘先輩っ!」 慌てて離れようとするが「動くな」と囁く低い声が耳元で響き、びくりとして動きを止める。  動揺して固まってしまった隙をついて、橘は素早くレバーを操作してアームを移動させていく。  橘が動くたびにいつも使用している制汗剤の香りが鼻腔を擽り、心臓が早鐘を打ち始める。  どうしよう、顔が熱い。緊張で指先が震える。ドキドキと高鳴る鼓動が橘にまで伝わってしまいそうで、雪哉は慌てて俯いた。   「……ほら、ここだ。よく見とけ」 「は、はい」 言われた通りに橘の手元をじっと見つめていると、アームが目的の場所を捉えゆっくりと下降を始めた。そして、まるで吸い込まれるかのように景品が掴まれ、そのまま取り出し口まで運ばれてくる。 時間にして数秒ほどの出来事だったが、何故だかとても長い時間のように思えた。 感じられた。 「――ほら、やる」  グイッと差し出されたそれは、雪哉が狙っていたものでは無かった。  目つきの悪いシロクマのキーホルダーは何処となく不愛想な表情が橘に似ている気がする。 だが、自分の為にわざわざ取ってくれようとした事が嬉しくて、自然と口元に笑みが浮かんだ。 「……ありがとうございます」 「いいよ、別に。つか、下手くそすぎて見てらんなかっただけだし」  雪哉が礼を言うと、橘はふいっと顔を背けてしまう。 その頬がほんのりと朱色が滲んでいるように見えて、彼が照れているのだと思うと、雪哉は喉の奥がきゅっと締め付けられるような感覚を覚えた。 何だろう、この気持ち……。 胸の中にじんわりとした温かさが広がり、同時に甘酸っぱさがじわじわと込み上げてくる。 今まで経験した事のない感情に戸惑いを感じるものの、雪哉は不思議とそれが嫌では無かった。 「ねぇ、ちょっと和樹君……なにあれ、いい雰囲気じゃない?」 「ほんとだ……やべー、いつの間に?」 「ねぇ、ちょっと和樹君……なにあれ、いい雰囲気じゃない?」 「ほんとだ……やべー、いつの間に?」 「!?」 何処かで聞いたことのある声に驚いて振り向くと、いつの間にか近くに来ていた一澄が、和樹と共にニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべながら雪哉達の方を見ており、二人はギクリと身を強張らせた。 「なっ!? い、一澄ってめっ、彼氏と帰ったんじゃねぇのかよっ!?」 「一緒にプリ撮ってたの。そしたら何か面白そうな展開になってるじゃない 」 「な、なに言ってんだお前! ふざけんなっ! ちっ、違ぇよ! こ、これはコイツがゲーセン行きたいって言うからっ! べ、別に俺が獲ってやりたかったとかそういうわけじゃ……」 「そうですよっ! 和樹も変な事言うなよっ……ぼ、僕らは別にそんなのじゃないからっ」 アタフタと慌てて言い訳をする二人を見て、和樹と一澄は顔を見合わせクスッと笑い合う。 「……ッ、お前ら、何笑ってんだよ! 」 「だって先輩達、面白いっすもん」 「もう、千澄ってば、そんなに照れなくても良いじゃない。別に悪いことじゃないと思うけど?」 「だから、違うっつのっ!!」 居た堪れない……。恥ずかしすぎて雪哉は穴があったら入りたい気分だった。 橘は耳まで真っ赤に染まっていて、それが余計にいたたまれなかった。

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