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強化合宿は波乱の予感⑩

あぁ、自己嫌悪だ。 翌朝早くに目覚めた雪哉は、昨夜の出来事を思い出し顔を覆った。 橘とは付き合ってなどいない。それなのに、どうして自分はあんなことをしてしまったのか……。 「……うぅっ」 思い出しただけで恥ずかしくて死にそうだ。和樹と増田の行為を聞いて興奮してしまっていたとはいえ、流され過ぎだろう。 しかも、初めてだというのに、あの男に何度もイカされてしまった。 最後の方なんて気持ちよすぎて、すっかり我を忘れてしまっていた。もう何回出されたかも覚えていない。 「……」 だが、不思議と後悔はしていない。むしろ―― (気持ち、よかったな……) そこまで考えて、ハッと頭を振った。 何を考えているのだ自分は。どうかしている。 「……取り合えず、顔洗ってこよう」 はぁっと溜息をつきながら布団から這い出すと洗面室へと向かった。 「あれ? 雪哉早いじゃん。おはよ」 冷たい水で顔を洗いさっぱりとしたところで背後から声を掛けられびくりと肩が大きく跳ねた。 恐る恐る振り返るとそこには、寝起きでぼさぼさ頭のままの和樹が立っていた。 顔を見た途端、昨夜の情事が脳裏に蘇ってきて頬が熱くなる。 「あ、あぁ、おはよう……」 「どーしたの雪哉、なんか変」 いつも通りにしようと思って挨拶を返したが、上手く笑えなかったようだ。 「な、なんでもないよ……いつもどうり。大体、僕がテンション高かったことなんてないでしょ?」 動揺を隠すように早口で言うと、和樹は一瞬きょとんとしてすぐに吹き出した。 「まぁ、確かに。それもそっか」 「うん、そうだよ」 和樹が単純な奴で良かった。そう言えば、昨夜和樹も先生と……。初めて、だったんだろうか? それとも、もっとずっと前から? 「なに? 俺の顔に何かついてる?」 「え? いや、別に……」 思わずじっと見つめていたらしく、怪しまれた。慌てて目を逸らす。 「ふーん……?」 和樹はそう呟くとじっと雪哉を見つめ返しきて、何か考えるようなそぶりを見せた。 なんだか嫌な予感がして、一歩後ずさる。 「雪哉ってさ、もしかして――」 「え? なに……?」 嫌な汗が流れる。まさか、気づかれた……!? 「……いや、まさか……ね」 「……?」 一体なんなのだ。人の心を読んだかのようなその言葉と、意味ありげな視線に不安が募る。 「……っ、じゃあ僕、朝食前にランニングしてくるから。また後でね」 これ以上ここに居たらボロを出してしまいそうな気がしたので、雪哉は逃げるようにしてその場を去った。 ****  合宿所を出て少し走ると海岸に出た。ちょうど朝日が昇ってくるところなのか、水平線の向こう側が薄らと明るんでいる。  海岸沿いの砂浜を軽くジョギングしながら、朝の空気を肺いっぱいに吸い込む。海風が髪を揺らして心地が良い。  波打ち際まで近づき、裸足になって海に足を浸すとひんやりと冷たくて、身体の火照りが引いて行くのを感じた。  広大な海にすぅっと光が差し込み始め、水面をキラキラと輝かせる。朝日を受けて銀を流したように光る海を眺めていると自分の悩みがちっぽけなもののように思えてくるから不思議だ。 「……綺麗だな」 「……ホントだ。スマホ持ってくりゃ良かった」 「!?」  独り言のつもりだったのに返事が返ってきたことに驚いて振り向くと、いつの間にか後ろに増田が立っていた。 「先生……。お、驚かさないでくださいよ……!  心臓止まるかと思ったじゃないですか!」 「ハハッ、ごめんごめん。そんな驚くとは思わなかったんだよ」 「普通は驚きますよ……」  すぐ後ろに居たのにまったく気配も足音もしなかった。まるで忍者みたいだ。  それにしても、昨日散々ヤリまくっていたというのに、朝から爽やかな笑顔で話しかけられるとこちらが戸惑ってしまう。  まさか昨夜のやり取りを盗み聞きしている人がいた、だなんて考えても居ないのだろう。 「萩原はこんなとこで何やってるんだ?」 「……っ、ちょっと走りたい気分だったんです」  まさか、先生と和樹に充てられてうっかり流され、先輩と関係を持った挙句、それが頭から離れないので邪念を振り払いたくて走っていたなんて口が裂けても言えるわけがない。

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