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強化合宿は波乱の予感⑭

「おーい、雪哉。生きてる?」 「……なんとか」  ダッシュを終え、砂浜に仰向けになって倒れ込んだまま、和樹の声にかろうじて答える。もう指一本動かすのさえ億劫だ。身体中が悲鳴を上げている。  じりじりと照り付ける太陽は容赦なく体力を奪っていくし、滲み出て来る汗が止まらない。空を見上げれば真っ青な空に夏らしい大きな入道雲が浮かんでいて眩しかった。  遠くでは部員達が談笑しながら後片付けをしている姿が見えたが、その声すらどこか別世界の事の様に聞こえてくる。 (ああ……暑い)  ただひたすら暑さに耐えていると突然視界が暗くなり額の上に冷たい何かが乗せられた。ひやりとしたペットボトルの感触が心地いい。 「ほら水」 「ありがと」  和樹からペットボトルを受け取り、ゆっくりと身体を起こす。キャップを捻り中身を口に含むとひんやりとした水が喉を通り過ぎていった。生き返るような気分だった。  隣に座った和樹も同じ様に水を飲んでいる。ゴクッという嚥下音がやけに大きく響いた気がした。 「……はぁ、はぁ……。ねぇ、和樹。なんでそんなに体力あるの?」 「え? うーん……なんで、って言われても……あ! もしかしたら、マッスーのお陰かも!」 「……増田先生、の……?」  にかっと笑って見せる和樹の表情にドキッとした。 「えっと、それって聞いてもいいヤツ……なのかな?」 「うん? 何言ってんだよ。当たり前じゃん。なんで隠す必要があるんだ?」 「いや、だって。なんか……その……」  和樹は平然としているけれど、正直、増田とそういう関係だという事をあまり他人には知られたくないのではないかと思った。少なくとも自分ならそうだ。  そんな複雑な想いで雪哉は言葉を濁す。 「あはは、変な奴だな。ま、いっか。別に内緒にしてる訳でもないしね。マッスーってさ、マッサージすげー上手いんだよ。昨日の夜にマッスーがしてくれたんだけど、それがめちゃくちゃ気持ち良くて……」 「……う、ん?」 「そのおかげで今日めっちゃ調子いいんだよね」  あれ? 思っていた話と違う。だが、和樹が嘘をついているようにも見えない。  と、言うことは――?  もしかして、昨夜聞いたアレって……。 「あ、あのさ、和樹……」 「ん?」 「もしかして、昨日の晩に……その……談話室で……」 「ああ、マッサージしてくれてたんだよ。昨日足がパンパンでさ。もう、痛くって堪んなかったから」  やっぱりかぁっ! 雪哉は心の中で絶叫する。  いや、別に和樹と増田の関係なんてどうでも良いし、二人がどんなことをしていようと雪哉の知ったことではない。それに、人のプライベートに口を出すのは野暮だ。それは分かっている。  わかってるけど……っ! 「…………っ」  雪哉は黙って立ち上がり、和樹の頭に軽く空手チョップを落とした。 「いだっ!  なに!?  いきなり、なにすんだよっ!」 「うるさいっ!  ばか!! 紛らわしいんだよっ」  真っ赤になって怒鳴りつける雪哉に、和樹はきょとんとした表情を浮かべる。 「え?……え??  紛らわしい、って……なに???」 「……っ」  意味が分からず首を傾げる和樹をみて、しまった! と思った。これじゃまるで、自分が変に勘違いしていたのを自白しているようなものだ。  恥ずかしくて顔が熱い。絶対に今、自分の顔は赤いはずだ。そう思うとますます羞恥心が湧き上がって来て慌てて顔を逸らす。  そんな雪哉を見て、和樹はようやく合点がいったという顔をすると、ニヤリと笑って雪哉の肩に腕を回してきた。 「雪哉ぁ……もしかして昨夜、なにか聞いちゃったとか? そんで、エッチしてると勘t……むぐっ」 「違うからっ!!」  慌てて和樹の口を全力で塞ぎ、勢い余って砂浜に押し倒すような形になってしまった。 「ちょ、顔近……」 「だから、何も聞いてないし、知らないから!  僕は関係ないから!  変な事言うなよ、馬鹿っ」  至近距離で叫ぶように言い放つと、雪哉は素早く起き上がり、逃げるようにその場を離れた。 「あはは、雪哉の顔、超真っ赤じゃん。かっわいい~。なんだ、だから機嫌悪かったのかぁ」  背後でそんな声がするけれど、振り返って文句を言う勇気はなかった。心臓がバクバクと煩い。  言えるわけがない。まさか、昨夜のアレがマッサージだったなんて!!  勘違いした挙句に橘と、なし崩し的にしてしまっただなんて。  そんなこと、恥ずかしくて口が裂けても言えるわけがない。 (あぁ、最悪……) はぁ、とため息をつき、空を見上げると、そこには憎らしいほど綺麗に晴れた青空が広がっていた。

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