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練習試合開始③
いくら彼が俊敏な動きをしたところで、180センチ弱の雪哉には到底敵うはずもない。
だが、逆に言えば――相手との距離さえ把握出来れば、十分スティール出来る。
佐倉のスピードと技術ならそこを狙うだろうと踏んで、雪哉は一か八か抜きやすいようにフェイントをかけた。案の定、佐倉がそれに反応して足を踏み出した瞬間、ターンして佐倉を躱し、一気に切り込んでいく。
「萩原っ!」
フリースローのライン上 の位置で大久保が手を挙げている。藤澤のC である一条を背で押しのけてパスコースを確保。
「大久保先輩ッ!」
後ろから藤澤の選手が迫っていて躊躇っている余地はない。
すかさず大久保にパスを出すと、大久保はキャッチすると即座にゴール下へとパスを捌いた。
そこには、走りこんできた橘。
「さんきゅ、大久保っ!」
ボールは橘の手によってそのままリングへ吸い込まれていった。
その様子を見届けてから、雪哉はふぅ……と息を吐いて額の汗を拭った。
「よっしゃ! 取り返したっ!!」
橘が声を上げると、明峰メンバーからも歓声が上がる。
だが、試合は始まったばかりだ。たったワンゴールで油断できるわけがない。
橘が決めた先制ゴールに勢いづいた明峰メンバーは、その後も積極的に攻め込むもののやはり、強豪と言われるだけあって
なかなか点差は開かない。シーソーゲームが続き、両者譲らずスコアは拮抗していた。
そして迎えた終盤。
第4Q残り2分。
得点差は3点リードされてはいるが……まだ逆転の可能性は残されている。
現在23-20。藤澤のチームが有利ではあるのだが、こちらだって負けてはいない。明峰メンバーの動きは良くなってきているし、ミスも少なくなっている。
あとはいかに早く同点に追い付くかがポイントになってくる。
そんな緊迫した場面で、監督である増田が呑気に口を開いた。
「取り合えず、和樹、出てみるか」
「え、ぇえええっ! ちょっ、待って!? 俺試合なんて出た事無いですってっ!」
予想外の発言に思わず聞き返す。
こんな大事な局面だというのに、何故今なのか? 他の選手達も同じことを思ったらしく、一斉に不満の声が上がった。
「監督、鷲野は4月に始めたばかりですし……今この局面で出すのは……」
不安そうな表情を見せる和樹を見兼ねて大久保が口を挟む。
そりゃそうだ。ここぞという場面なのだから。
「まぁ、練習試合だし……勝っても負けてもいい経験にはなるだろ。それに、和樹も出たいだろ?」
「いや、そりゃ出たいけどさ……何もこんなプレッシャーのかかる場面で出して欲しいなんて俺言ってない」
「大丈夫、大丈夫。負けても誰も文句は言わねぇよ。男は度胸って言うだろ?」
(増田先生、鬼畜だなぁ……)
いくら練習試合とはいえ、自分がもし、初めての試合が同じ場面だったら絶対緊張で足が震えてきっと出ても何もできないだろう。
下手したら、恐怖心だけが心に残る可能性だってある。
増田の考えていることがイマイチわからない……。
「ま、和樹がんばろ」
「うう、マジかよ……」
「……てめぇ、点取られたら……わかってるだろうな?」
「こら、橘。脅すな馬鹿」
そんなやり取りをしているうちに、藤澤の攻撃 から試合が再開された。
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