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束の間の休息とこれからと③
――太陽が眩しい。午前中に掛かっていたどす黒い雲はほんの一瞬だけ雨を降らせて何処か行ってしまったらしい。
蒸れた空気と湿度がじっとりと肌に纏わりつく不快感はあるが、時折吹く海風のお陰で幾分か過ごしやすくなっている。
和樹は、ざざんと打ち寄せる波の音を聞きながら波際まで近付くと、そのまま勢いよく水の中に飛び込んだ。
頭から冷水が全身に降り注ぎ一気に体温を奪っていく感覚が心地よくて満面の笑みを浮かべている。
「つめてーっ!!」
水面から顔を出し、思い切り叫ぶと、向こう岸に居た鈴木が振り返った。
「おいおい、はしゃぎ過ぎんなよ。ガキじゃあるまいし」
「いいじゃないっすか。せっかく海に来たんだし。ねーねー、先輩。俺と勝負しません?」
そう言って、挑発的な笑みを浮かべる。
「アホか。しねーわ。こっちは連日の鬼の合宿や試合でへとへとだっつーの!」
「えー、いいじゃん」
不満げに唇を尖らせると鈴木は呆れたようにため息をつく。
******
「はは、和樹って体力あるなぁ……ん?」
ビーチチェアに身体を預け、海ではしゃいでいる和樹達を眺めていると、ふと、真っ赤な水着を着用した橘がずぶ濡れのままこちらにやって来るのが見えた。
「ちょっと休憩」
そう呟いて隣に腰掛けると、橘は額に張り付いた髪をかきあげてふぅっと息を吐く。相変わらず、何を着ても似合う人だと思う。シンプルなデザインの真っ赤な水着だが、無駄な贅肉が一切ついていない引き締まった身体にその赤はよく映える。
なんというか……その……格好良い……。同性なのに見惚れてしまう程に……見慣れたはずの身体が何故か今日に限って妙に艶めかしく見えてしまい雪哉は無自覚のうちにごくりと喉を鳴らした。
そんな雪哉の態度に気付いたのか、橘はニヤリと悪戯っぽい表情で顔を覗き込んできた。
「なにガン見してんだよ。やらしいな」
「っ!? み、見てないですよ! やらしいって何ですかっ」
「かっこいいなぁ。今すぐ抱いてほしいなぁっ、って顔してるぞ?」
「し、してませんってば! 目ぇ悪いんじゃないですか?」
恥ずかしくて、居た堪れなくて……視線から逃れるように身体ごとそっぽを向いて、精一杯の憎まれ口を叩く。
「お前って案外、ムッツリスケベだもんなぁ」
「違っ……!」
「じゃぁ、さっきなんで俺の事見てたんだよ」
「そ、それは……」
「……それは?」
「か、かっこいいなと……思っただけで……、その……だ、抱いてほしいなんて……そんなの……」
口に出してみて、顔から火が出そうなほど熱くなる。
きっと今の自分は耳まで赤く染まっているに違いない。
「――っ、あー………くそ、お前、マジ……っ」
橘は、ぐっと何かを堪えるような素振りを見せた後、突然しゃがみこんで髪をくしゃっと掻き上げ盛大な溜息を吐いた。
「えっ、ちょ……橘先輩?」
具合でも悪いのだろうかと心配になり橘の方に顔を向けると、橘は片手で顔を隠したままぼそりと一言、「今のは……反則だろ」と低く掠れた声で呟いた。
「え?」
意味がわからずに聞き返すと、橘は、はー……と長い息を吐き出して立ち上がった。
「……なんでもねぇよ。ちょっとトイレ行ってくる」
「あ、はい……。行ってらっしゃい」
雪哉の返事を聞くなり橘はそのまま海の家がある方へ歩いて行ってしまった。
「?」
一人取り残され、雪哉はきょとんと目を瞬かせる。一体どうしたというのだろうか?
ついさっきまで雪哉の事をからかって遊んでいたのは橘のはずだ。それがなぜいきなり不機嫌になってしまったのか。
理由が全くわからず首を傾げるが、考えてもわからないものは仕方がない。雪哉は諦めて再び海に目を向けた。
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