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束の間の休息とこれからと ④

 頬杖をついて窓の外を眺めていると、群青色の空にぽっかりと浮かぶ黄色い月が見えてきた。琥珀が溶けたような水面に、満月がゆらゆらと揺れながら映り込んでいる。  これが所謂マジックタイムと言うやつだろうか。何処か切なさを感じさせる幻想的な風景だった。 「きれいだな……」  ついさっきまで、あそこの海で合宿をしていたなんて嘘みたいだ。どんどん小さくなっていく体育館を眺めながらぼんやりと思う。  この3日間、本当に色々な事があった。吐きそうになりながらひたすら走った浜辺も、みんなでワイワイと騒ぎながら作ったカレーも、練習の合間に食べたかき氷も……佐倉達に会って、試合して勝ったことも……きつかったし、何回も逃げたいとは思ったけど、やっぱり楽しい思い出の方が圧倒的に多い。  それに―――ちらっと隣を見ると、雪哉の肩に頭を預けて眠る橘の姿が見えた。  彼はもう寝息を立てており、起きる気配はない。 「……っ」  不意打ちで、どきりと心臓が跳ねた。  橘の体温が伝わってくる。首筋に寝息が掛かってなんだかくすぐったい。 (シちゃったんだ……この人と……)  あの夜から数日が経つと言うのに、未だに信じられない。あの時は半ば流されるような形で橘を受け入れたが、冷静になってみるともの凄く恥ずかしかった。  正直言うと、橘とのセックスはめちゃくちゃ気持ち良かった。身体の奥底から湧き上がる得体の知れない感覚と、快感と紙一重の痛み。  そして、耳元で囁かれる甘い睦言。そのどれもが、雪哉の心を蕩けさせた。 今でもあの時の光景が脳裏に焼き付いて離れない。呼吸も出来ないくらいの激しい行為に溺れ、強烈な快感に翻弄され、普段だったら絶対言わないような事を口にした。  しかも、困ったことに全然嫌では無かった。それどころか寧ろ――。 そこまで考えて、慌てて思考を打ち切る。これ以上考えたらダメな気がした。  無意識のうちに雪哉は橘の顔を間近に覗き込んでいた。   そろりと手を伸ばして、彼の目にかかる前髪を指先で払う。  コシのない柔らかな髪はなんだかずっと触っていたいような気にさせられる。いつもは見上げている彼の顔を見下ろすと、濃く長い睫毛が瞼にくっきりと影を落としている。  通った鼻梁に、形のいい唇。整った顔立ちをしていることは知っていたが、改めて見ると本当に整った顔をしていることに気付かされる。  こうして見ていると、同性なのにドキドキしてしまうのは何故だろう? ふと、薄く開いた唇に目が行って、ごくりと喉が鳴った。  ――この唇に触れてみたい……。少しだけなら大丈夫だろうか? ちょっと触れるだけだから……ちょっとだけ……  そう自分に言い聞かせ、おずおずと顔を寄せていくと、微かに彼の匂いがした。香水なのか、それともシャンプーの香りだろうか? 爽やかな柑橘系の香りがしてさらに鼓動が速くなった。  ゆっくりと距離を詰めていきそっと自分の唇を橘のそれに重ねる。触れた部分からじわりと熱が伝わり、そこから全身に熱が広がっていく。 「ん……っ」  ぴくりと僅かに橘が動いた気がして、慌てて身体を離した。だが、相変わらず規則正しい寝息が聞こえて来るのみで起きた気配はない。  雪哉はホッと胸を撫でおろすと、口元を手で覆ったまま窓の外に視線を移す。  車内のクーラーはよく効いているはずなのに、妙に顔が熱い。多分、真っ赤になっているのだと思う。  雪哉は火照った顔を冷ますように、そっと目を閉じた。

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