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不穏の気配

風が少し変わったなと気付いたのは、お盆を少し過ぎた頃のことだった。 連日茹だるような暑さが続いているものの、朝晩の気温も少しずつだが下がってきている。とは言え、日中の日差しはまだ強く、立っているだけで汗が噴き出してくる。 じりじりと肌を焼く太陽を睨みつけながら、雪哉は大きく伸びをした。 (今日もあっついな……)  うんざりと溜息を吐き、つつ、真横からシュートを放つ。角度0と呼ばれるエンドコートぎりぎりからの3Pは雪哉が最も苦手な角度だ。成功率は4割とそれほど高くない。 「あっ」  案の定、リングに嫌われ明後日の方向へと飛んで行ってしまう。中々に難しい。11月から始まるウインターカップ予選までには試合で使える精度にまで仕上げておきたいところだが、こればかりはすぐに出来るようになるものでもない。  もう8月も終盤。バスケ三昧だった夏休みももうすぐ終わってしまう。  学校が始まるようになれば、また拓海と顔を合わせる毎日がやって来る。最近ようやく平常心を保てるようになって来たのに、加治先生と拓海の2ショットを見せ付けられる日々が始まるのかと思うと少々気が重い。  そう言えば、2学期は文化祭に修学旅行にとイベントが盛りだくさんじゃないか。  思った以上に明後日の方向へ行ってしまったボールを拾って、コートに戻ろうとした時、ふと扉の向こう側から誰かに見られているような気配を感じ振り返る。  すると、見た事のない男子生徒が扉の陰からこちらを見ていることに気付いた。 「……っ!」 「えっ? あの……っ!?」  生徒は雪哉と目が合うと、何も言わずに走り去ってしまう。一体なんだと言うんだ?  不思議に思って去っていった方向を覗いて見るがもう既に何処かへ行ってしまったようでその姿を確認することは出来なかった。 「雪哉。どうかしたのか?」 「うーん……さっき誰かに見られてた気がするんだけど……」 「はぁ? 何それ。 案外、告白待ちの子なんじゃね?」  にひひ、といやらしい笑みを浮かべながら和樹が肘で突いてくる。 「そんなわけないだろ。パッと見ただけだったけど、男子だったし」 「何も告ってくる奴が女子だけとは限らないじゃん?」 「それはそう、なんだけどさ……」  まぁ、誰が来たって答える内容は変わらない。ただ、それを断ったあとの気まずさを考えると、気が重い。 「モテる男は辛いなぁ」 「……他人事だと思って」 「だって、他人事だし」 「……」  それを言われてしまえばぐうの音も出ない。はぁ……と深いため息をつくと雪哉は再びゴールに向かってシュートを放った。 「なぁ、萩原。今日ってこの後空いてるか?」 「えっ?」  部活も終わり、自主練の準備でもしようかと思ったところで、今度は橘に声を掛けられた。 一瞬、ドキリとしたが、冷静を装って彼の方に向き直る。 「空いてますけど」 「あれあれ~? 橘先輩デートのお誘いっすか?」 「ちげーわ! バカッ。……その、一澄が……お前に会いたいつって来てるんだよ」  すかさずやって来た和樹にうぜぇと悪態を吐きながら、橘が面倒くさそうに頭をかいて言う。 「一澄さん? 何の用だろう?」 見れば、体育館の入り口に可愛らしい女の子が立っていた。まだ、体育館内に残っていた生徒たちが一気に騒めく。 「……久しぶり。雪哉くん」 にっこりと微笑む彼女は相変わらずとても綺麗だった。さらりと揺れた長い髪からはふわりと いい匂いが漂ってくる。 「えっ、なに萩原のヤツ、とうとう他校の生徒にまで手を出したのか!?」 「な、なんっだよあの美人! めちゃくちゃ可愛いじゃねぇか!」 「萩原が女連れだと……? あり得ん!」 「つか、あんな美少女どこで引っ掛けて来たんだよっ」 「くそっ、羨ましい……っ」 雪哉の周りに集まっていた部員たちがざわめき始める。 「ちょっと……っ、違いますよ……っう、わっ」 「ふふ、ちょっと雪哉君借りまーす。じゃ、後はよろしくね千澄」 するりと細い腕が伸びて来て、雪哉の腕に絡んだ。半ば強引に引っ張っていく力は彼女の見かけによらず強い。 「うっせーな。さっさと行けよ」 後ろから橘の苛立った声が飛んでくる。 「橘先輩までアイツとグルだったのかよ!? 裏切者~っ!」 「ああ、うっせー! アイツは俺の妹だっつーの!!」 橘の発言に体育館は騒然となり、バスケ部員達の絶叫が響き渡った。 阿鼻叫喚の中、雪哉は有無を言わせず、ずるずると引きずられていく。

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