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不穏な気配②

 「ね、何処か使ってない部屋ってないの? 二人きりで話がしたいの」  出来れば誰にも邪魔されない所がいいな。と、意味深な発言をしながら明らかに誘いを含んだような上目遣いで顔を覗き込まれ、雪哉は思わず目を逸らした。  一体どういうつもりだろうか? 「ここじゃ、話せないような事なんですか?」 「まぁ、そういう事になるかな」  ふふっと小さく笑う彼女を見て、これは何かあるなと雪哉は直感的に感じた。わざわざほかの学校に乗り込んでくるくらいだ、何かよほど重要な話があるに違いない。  橘の妹だと言う接点くらいしかないので、彼女の口からどんな話が飛び出してくるのか皆目見当も付かない。  あまり乗り気はしないが、ここで断るのも不自然だと思い雪哉は現在はほとんど使われることのなくなった旧校舎へと案内することにした。  此処は耐震工事や設備点検等の理由で取り壊されることが決定しており、今現在はほぼ物置小屋と化している。 不良の溜まり場になっているとの噂も聞くが、今は夏休み中ということもありほとんど人気はないようだった。  ガラクタで溢れかえった廊下を進んでいき、適当な空き教室のドアを開ける。  薄暗い室内は埃っぽくて、窓から差し込む陽の光だけが僅かに中の様子を照らしていた。窓辺には、カーテンと共に何故か破れたソファが置かれている。  まるでドラマや映画で見るような、いかがわしい雰囲気の漂う部屋だ。 (こんなところに女性を連れてきてよかったのだろうか……?)  一応、相手は先輩の妹なのだから大丈夫だろうとは思うが、妙に緊張してしまう。 「んー、まぁまぁかな」  中に入った彼女はぐるりと見回して、満足したように呟く。そして、誰もいないことを確認すると無造作に置いてあった机の上にドカリと腰を下ろして言った。 「……単刀直入に聞くけど、浅倉みなみって子知ってるよね」 「……朝倉……?」  一瞬、誰の話をしているのか理解できなかった。でもすぐに、それが夏休み前に告白して来た子の名前だと言うことを思い出しこくりと頷いた。  どうして今その子の話が出てくるのか、何故他校の一澄がその名前を知っているのか、わからない事だらけだ。 「なんで、私があの子の事知ってるんだ。って顔してるね」 「……っ」 「まぁ、無理もないか。いいよ、教えてあげる。彼女――朝倉みなみはね、女子中高生の間で有名なインフルエンサーなの」 「えっ!?」  一澄の言葉に驚きの声を上げる。そんな話は初耳だった。 「SNSのフォロワー数は5万人超えてるから、まぁ、驚くのも無理はないよね」 「ご、5万!?」  ――インフルエンサー。  確か、SNSを通じて、多くの人に情報を伝える人のことをそう呼ぶんだっけ? 雪哉も、SNSはいくつか使っているが、どれも大した発信はしていない。 せいぜいクラスの中で流行っているものを投稿したりする程度だ。  それに比べて、彼女の影響力はきっと雪哉の比ではないのだろう。  だが、それがなぜ自分と繋がるのか、いまいちピンと来ない。彼女との接点と言えば、告白されたあの一瞬位なものだ。  朝倉みなみが有名人だったとしても自分には関係が無いはず。 「んー、まだわかんないかな? じゃぁ、こう言ったらわかる? 彼女、夏休みに入る少し前に突然、「バスケ部の子に告白してフラれちゃった」って投稿してるの。……そのバスケ部の男の子って、雪哉君だよね?」  にっこりと可愛らしく微笑んで、核心を突いてくる。  確かに、彼女が言っているのは自分の事で間違いはないと思う。何もわざわざフラれた報告なんてSNSでしなくても……。  雪哉が何と答えようかとまよっていると、それを肯定と取ったのか、一澄ははぁ、と深い溜息を吐いてぴょんっと机から飛び降りた。 「やっぱり……。気を付けておいた方がいいよ、あの子のファンの中には結構過激な奴もいるみたいだから」 「過激派……?」 「そう。みなみちゃんを悲しませるやつは許せない! 振った事を後悔させてやるから! みたいな書き込みもあるし……」 「……っ」  一澄が口にした単語に背筋が凍る。心臓がドクリと嫌な音を立てた。 「そ、そんな……っ」  まさか自分がそんな風に思われているなんて想像もしていなかった。自分はただ、好きな人がいるから付き合えないと断っただけだというのに……っ!  5万人の見えない誰かが一斉に悪意を持って自分を睨みつけてくる姿を想像してしまい、何だか急に恐ろしくなってぶるりと身震いをする。  もしも、振った相手が自分だと特定されてネット上に個人情報が流出してしまったら? 恐ろしい考えが頭から離れない。  怖い。もしそうなってしまったら、どうなる? もしかしたら、拓海にも迷惑を掛けてしまうかもしれない。  いや、もしかするともう既に彼の耳にも届いているかも……っ!  そう言えば、随分早い段階で和樹や橘はその話を知っていた。 しかも、その時点で有名になっていると。  5万人の中にウチの学校の生徒は一体何人いるのだろうか? 考えただけでもゾッとする。 「まぁ、今のところは、気にしなくて大丈夫だとは思うんだけど……ちょっと気になっちゃって。お節介かなとは思ったんだけど、もうすぐ新学期も始まるから一応耳に入れておいた方がいいと思ったんだ」  そう言って一澄は心配そうに眉根を寄せた。先程まで浮かべていた笑みが消えて、表情は真剣そのもの。  今日、突然やってきて二人きりになりたい。などと言い出したのは彼女なりの配慮だったのかと、そこでようやく気付いた。  雪哉は改めて一澄を見る。見た目はすごく綺麗なのに、どこかサバサバとした印象を与えるのは、性格が男前だからなのだろう。 とても優しい子なのだと思うと、胸の奥がほんわりと温かくなった。 「教えてくれて、ありがとう。気を付けるようにするよ」  雪哉が感謝を告げると、彼女はふふ、と小さく笑って表情を崩した。 「……っていうか、みなみの事は建前で、本当は雪哉君に会いたかっただけなんだけど……ね?」 「へ?」 先ほどまでの優しげな雰囲気から一転、悪戯っぽく微笑む彼女にドキリとし、思わず間の抜けたような声を上げてしまった。

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