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忍び寄る悪意③
「萩原……」
名前を呼ばれて目を開けると、視界いっぱいに橘のドアップが見えた。
何故か仰向けに横たわっている自分の上に、橘が覆いかぶさるような形になっている。
一体これは何だ? 状況がよく読めず固まっていると橘がするりと頬を撫でてきて、思わずぴくりと体が跳ねた。
「な、なにしてるんですか? 橘先輩……」
ようやく出た声は掠れていて、自分でもびっくりするほど動揺しているのが伝わってしまう。
だが橘は答えなかった。切なそうに眉を寄せ橘がするりと唇を寄せてくる。
「!?!?」
ギョッとして顎を引こうとした。けれど、思うように身体が動いてくれない。
一体なにがどうなっているのだろう!?
わけがわからず混乱している雪哉の頬を、スッと伸びてきた指先がゆっくりと撫で唇にそっと触れた。
甘さの滴るような仕草に心臓が飛び出そうになって、息が止まる。
いまにも唇が触れ合いそうな距離をどうしたらいいのかわからなくて、雪哉ははカチンと固まってしまった。
や、やっぱりこういう時は目を瞑るべきなのだろうか? いや、まず。なんでこんな事になっちゃっているのかが問題だ。
もしかして橘にからかわれているのか? でも、橘が自分をからかう理由が見当たらない。というか、冗談でする行為には見えないのだが……。
「――好きだ」
ぼそりと囁かれた言葉に息が止まった。
「お前の事、好きなんだ……っ」
苦し気に顔を歪め、橘が熱い息を吐き出す。その熱に浮かされたような声にゾクッと背筋が震えて、体中の血液が沸騰したみたいに体温が上昇した。
「――んぅっ」
橘の顔が更に近づいてきて、柔らかく湿った感触が唇に押し付けられる。
「はっ……ぁ、っ」
ちゅっ、と何度も啄まれて橘の腕から逃れようと身じろぐと、まるで逃がさないとでも言うように抱き締められた。
「お前は? どう思ってるんだ、俺の事……」
「……ぼ、僕は……」
真っ直ぐに見つめられて、ドキリと大きく鼓動が跳ねた。
「俺はお前を、もっと知りたい。他のヤツよりも、もっともっと……深いところまで」
「っ……んっ」
橘が吐息を漏らしながら唇を擦り合わせ、口づけを深くしてくる。
橘が何を言っているのか理解出来なくて、でも、どうしてだか逃げられないと思った。抵抗しないとダメだと頭の片隅では思っているのに、気付けば雪哉は自分から唇を開いていた。
「……ふっ、……ん……」
橘の舌が歯列を割って侵入してきて、舌先を絡め取られる。そのまま強く吸われて舌の裏をなぞられると気持ちが良くて、頭がぼうっと霞んでくる。
「はっ……ぁ……、っ……ン」
「っ……、萩原……っ好きって言えよ……」
ギラギラとした眼差しに射抜かれて、喉の奥がきゅっとなる。どうして、そんなに切なそうな顔をするんだろう。目は欲望の色をありありと映し出しているのに、今にも泣き出してしまいそうな苦し気な表情に胸が痛んだ。
「……僕、も……っきです」
決死の思いで口にした言葉は、虫の羽音のようにか細いものにしかならなかった。それでも、自分の頭の中でははっきりと答えたつもりだった。
「聞こえない……」
「……すき、です……」
もう一度口を開く。すると、橘は満足そうに微笑み再びキスをしてきた。今度はさっきより少し優しくて甘い、蕩けるようなキスだった。
そして――。
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