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忍び寄る悪意④

「ん……」 眩しくて目が覚めた。カーテンの開かれた窓から強烈な光が差し込んでくる。 ここは一体どこだろう? まだ半分ほどしか回転していない頭で考えていると、不意に頭上で何かが動く気配がした。 「おはよう、雪ちゃん」 爽やかな朝の挨拶に、ゆっくりと脳が覚醒してくる。 「お、わ……っ母さん!?」 がばっと起き上がった雪哉を待ち受けていたのは橘のドアップではなく、サラサラのロングストレートを一つに纏め、グレーのシンプルなエプロンを着けた母親の姿だった。 「なんの夢見てたの? 顔、赤いわよ」 「っ、なんでもいいだろ! も~……自分で目覚まし掛けてるから起こしに来なくていいっていつも言ってるじゃないか!」 クスクスと笑う母親に、夢の内容を追求されるのが恥ずかしくてベッドから転がり落ちるように這い出ると母親の背中を押して部屋から追い出した。 「やぁねぇ、雪ちゃんってば反抗期かしら?」 なんて、呑気な声が聞こえてくる。 「~~~~っ」 あぁ、もう! 最悪だ。ドアに背を押し当てたまま、雪哉は頭を抱えてへなへなとその場にしゃがみ込んだ。 何も変な寝言とか言ったりしてないだろうか!? 夢の内容思い出し顔から火が出る勢いで赤面し、堪らず両手で顏を覆った。 心臓が物凄い速さで脈打っている。ドクンドクンと耳元で音が鳴り響いてうるさい。 僕は、先輩の事が好き、なんだろうか――。頭の中でその言葉を唱えた時、ようやくパズルの最後のピースが当て嵌まったようにスッキリとした。だが、同時に激しい自己嫌悪に襲われる。 夏祭りが終わったあの日……。加治と拓海のキスシーンを見て、こんなに辛いのならもう二度と恋などしないと思っていたのに。 それから一月も経っていないと言うのに、舌の根も乾かないうちにまた別の人に心を乱されている。 橘は……一体どういうつもりであんな事をしたのだろう。からかっただけなのか、それとも本当に自分の事を……。 『好きだ』 そう言って自分の事をじっと見つめてきた夢の中の橘の真剣な表情を思い出して、胸がきゅうっと締め付けられた。 橘にこの気持ちを知られてはいけない。 軽い気持ちで自分と寝たであろう橘に、本気だと悟られたらきっと引かれてしまう。 もう、拓海の時と同じような思いをするのは二度とごめんだ。――だから、これ以上深入りしないようにしよう。それがお互いの為だ。 雪哉はそう心に決めて、深くため息をつくと学校へ行くために制服へ身を包み始めた。

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