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忍び寄る悪意⑤
「はよ、雪哉!」
いつもどうりの朝にホッとしながら学校に着き、校門を潜った所で少し後ろに居た和樹に声を掛けられた。その少し後ろに増田が控えているのが見える。
「おはよう和樹。っと……増田先生」
「あぁ、おはよう」
一体どういうことだろう? 一緒に居るのは単なる偶然? それとも……。
「ねぇ、なんで和樹は増田先生と一緒に登校してるんだ?」
「ん? えーっとそれは……」
何か言いかけてチラリと増田に意味深な視線を送り、和樹はにやりと口角を上げた。
「ふふ、内緒」
「えっ、内緒って……え?」
もしかして、やっぱり二人はそう言う関係なんだろうか? それで、昨夜は先生の家に泊ってそのまま一緒に来た的な?
「おいおい、和樹。あんま萩原をからかうなよ。変な誤解させちまってるだろうが」
「誤解……」
「あはは、俺とマッスーはすぐそこのコンビニでたまたま会っただけだよ。つか今、何想像してた?」
面白そうにニヤニヤと笑われて、僅かに頬が赤くなるのを感じ、雪哉は思わず口を尖らせた。
「べ、別になにも、想像なんてしてないよ」
「ふぅん。まっ、いいけど。あ、そうだ! マッスー、アレ。雪哉に渡しとかないと」
和樹はそう言うと増田の方を振り返り悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「あぁ、そうだったな」
「アレ?」
なんだか嫌な予感がする。眉を寄せると、増田が鞄からプリントを取り出し
雪哉に差し出した。
「ほれ、やる」
「……なんですか、これ」
はいこれ。と、手渡されたプリントには中央に大きな文字で『文化祭のバスケ部における出し物について』と書かれている。
「今度の文化祭でバスケ部がやる内容の詳細だ。萩原は昨日、委員の会議で居なかっただろ。無いと困ると思って」
そう言えば、そうだった。無事に決まったのかと思い、ざっとバスケ部の出し物要項に目を通していく。
すると、どうしても納得の出来ない一文を見付けてしまった。
「あの……ちょっと待って下さい。ここ、おかしくありませんか? 文化祭でコメディタッチの劇をやるのは理解できました。でも、なんで僕が白雪姫にキャスティングされてるんですか!?」
「どうしてって……バスケ部全員でお芝居をする事になったからに決まってるじゃん」
さも当然と言った風に和樹が言う。
「そーじゃなくて! 問題はそこじゃないよ。白雪姫って、姫だろ!?」
別に芝居がやりたくないとか、決まったことにケチをつけるつもりはないけれど、どうしても納得いかない。
「なんで、僕なんですか。どう見たって姫って顔じゃないでしょう!?」
「いや、案外似合うと思うぞ?」
「似合いませんよ。僕なんかより和樹の方がずっと小柄だし似合うと思いますけど」
「あー、だって俺チビだから小人要因なんだ。程よい身長で、女装が似合いそ
うなやつって言ったら雪哉しかいないんだよ」
「似合わないよ! て、言うか、程よくないだろう!? 僕だって男子高校生の平均的身長だぞ? それに、高校生にもなってなんで白雪姫なんだよ」
言いながら頭が痛くなってきた。 芝居やるならもっといい題材が沢山あった筈だ。
「それは、だな……」
ゴホン、と増田が咳ばらいを一つして気まずそうな顔になる。
「まぁ、ぶっちゃけ練習時間が惜しいんだ。WCも迫って来てる事だし……。みんながよく知っててセリフが覚えやすい物って言ったらもう……童話しか思い浮かばなくてな」
「全員男だし、案外面白いんじゃね?って事で。まぁ、諦めて腹括れよな!」
「……っ他人事だと思って……はぁ、誰か代わってくれないかな……1年とか……」
なんでこんなことになってしまったんだと、思わず切ない溜息が洩れた。
「……あぁ、そうだ萩原」
突然ぴたりと、昇降口の前で増田の足が止まる。
「はい?」
なんだろう? と思い増田の方に視線を向けた。
「代わるのは勝手だが……これから毎日普段の練習五倍メニューやるのと、大人しく白雪姫やるの、どっちがいい?」
心底楽しそうに、増田がにっこりと笑う。
有無を言わせぬ迫力に、思わずごくりと喉がなる。こうやって楽しそうにしてる時の増田は大抵マジだ。マジで五倍のトレーニングをさせようとしている!
「……っ、白雪姫……やらせて、もらいます」
「わかればよろしい」
まさに鶴の一声。練習五倍を提示されたら、やると言わざるを得ない。
「……うっわ、マッスー鬼だなやっぱ」
がっくりと項垂れる雪哉の横で、和樹が可哀想にと呟いた。
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