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忍び寄る悪意⑧
グキッと嫌な音が体育館中に鳴り響く。
「あっ、す、すみませ……っ」
「いいよ。気にすんな……って、言いたいところだが? てめぇっ萩原……! 何度おんなじ事やったら気が済むんだ! 俺の首が鞭打ちになったらどうしてくれる!」
「あはははっ、雪哉、何やってんだよ! ウケるんだけど」
額に青筋を浮かべた橘が食ってかかるのと、赤い小人役の和樹がゲラゲラ笑い出すのはほぼ同時だった。
「……萩原先輩、ちゃんとしてくれないと困ります」
普段話すことのない後輩にまでジト目で注意を受け、雪哉は申し訳なさで一杯になる。
「ごめん……本番では、ちゃんとするから」
しゅんとした様子の雪哉を見て、橘は諦めたのか舌打ちをするとガシガシッと頭を搔いてはぁ~っとわかりやすい溜息を吐いた。
「もういいよ、他のシーン練習すっから、お前は一旦裏に行ってろ」
「……はい」
肩を落として舞台袖に行くと、衣装をお願いしている洋装部の女子二人がきゃっきゃっと楽しそうに黄色い声を上げていた。その視線の先には、王子役の橘の姿がある。
なんだかんだ言いつつも、遠目に見てもその存在感と威圧感は半端ない。身長もあるし、バスケ部特有のガッチリした身体つきが格好良さに拍車をかけている。
おまけに整った甘いマスク。いつもと違って前髪を後ろに流しているため、露になった精巧な作りの綺麗な顔立ちが余計に際立っていた。
これで、衣装を着たらどうなるんだろう?
(あれじゃ、女の子もほっとかないだろうな)
「ねぇねぇ、今日の橘君カッコよくない?」
「ホントだよねー。ちょっと私声かけてみようかな」
「あ、ずるい! あたしもっ」
きゃぴきゃぴした会話を聞いていると、なんだか無性に心の奥がモヤッとしてしまう。
橘は自分と違って女性とも普通に話せるし、過去に付き合っていたのは全員女性だと聞く。現在はフリーらしいが、女子達に言い寄られて悪い気はしないはずだ。
きっと、彼女だってすぐ出来るだろう。
「……そんなの、嫌……だな」
思わず深い溜息が洩れて、慌てて首を振る。
いやいや、何を言っているんだ自分は! 相手は男だぞ? それに、ただ単に劇の練習で一緒に居る時間が長いから情が移ってしまっただけで、好き……なんて感情はないはず。
そう、ないに決まっている。だって自分は拓海が……拓海みたいな子がタイプだったはずなのに。
「……萩原? そんなところで頭抱えて何やってるんだ?」
悶々としている所に声を掛けられ、びくりと身体が震える。恐る恐る振り返るとそこには赤いバケツを片手に持ち、怪しげにこちらを見つめる大久保の姿。
「あ、いえ……ちょっと、役作りで悩んでいただけです」
「あぁ、そうか……。白雪姫は女性だから色々、大変だろうな」
頑張れよ、と言って雪哉の背中をポンと叩くと、大久保はペンキ置き場に赤いペンキを置いて、今度は台本を手にしてステージへと向かっていった。
その姿をじっと見つめていると、小さな違和感に気が付いた。
大久保は魔女役だったはずなのに、なんでペンキなんか持っていたのだろう……? それに、今までどこに居た?
まさかとは思うが、連日の悪戯の犯人は大久保だろうか? そう言えば昨日は制服に赤いペンキがべったりと塗られていた。
まさか――っ!?
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