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忍び寄る悪意⑨

「すみません、部室に忘れ物をしたので取りに行ってきます!」 「あっ、お、おぅ……直ぐ戻って来いよ?」  いても経ってもいられなくて、すれ違った鈴木に声を掛け、急いで部室へと戻る。  もしも、大久保が犯人なら自分の制服は今頃……。自分の勘がどうか、間違いで会って欲しいと願いながら部室の扉を開け、息を切らせながら中に駆け込むと、真っ先に自分のロッカーを開けた。  しかし、ロッカーの中には赤いペンキで何かされた形跡はなく、何も入っていなかった。 「えっ……僕の荷物……なくなってる」  おかしい。このロッカーには確かに自分が着替えを詰めたリュックが入っていたはずなのに。  混乱しながら、部室内をくまなく探したがやはり何も無く、もぬけの殻だった。誰かが、勝手に持ち出したのか……? でも、一体何のために……?  犯人は大久保じゃなかった? それとも、大久保が何処かへ持って行った? わからない……。  あんなに優しい先輩が自分に牙をむくなんて出来れば考えたくない。けど……もしかしたら?  ――どうしよう……怖い。得体のしれない恐怖に全身から血の気が引いていくのが自分でもわかった。手がカタカタと小刻みに震えだす。不安で押し潰されそうになりながら、よろりと力無くロッカーから離れると、雪哉はそのままぺたりと床に座り込んだ。 「……おい」 「うわっ!」  突然、背後から伸びてきた手に肩を叩かれ思わず飛び上がった。振り向くと、いつの間に戻ってきたのか、眉間に思いっきりシワを寄せた橘がそこに立っていた。 「あ、先輩……」 「何やってんだよ。こんな所で……って、お前顔真っ青じゃねぇか」 「……っ」 「体調が悪いのか? 保健室で休んだ方がいいんじゃ――」 「だ、大丈夫ですっ! 本当に……何でもないんで」  橘の言葉を遮るように、雪哉は首を振った。これ以上、心配を掛けたくなくて必死に笑顔を作って誤魔化そうとした。けど、震えて上手く笑えない。 「あのなぁ……そんな顔で言われても説得力ゼロだっつーの」  はぁ、と溜息を吐いて橘は床に座り、目線を合わせると雪哉の頬を両手で挟んだ。 「いいか? 俺に嘘をつくな。俺はお前の先輩で、お前は俺の後輩だ。何か困ってるなら、遠慮なく言えよ。隠し事なんてすんな」  橘は雪哉の瞳をしっかと捕らえ、真剣な眼差しで告げた。  その言葉に鼻の奥がツーンと痛みだし、目の縁から涙が染み出て来そうになるのを唇を噛みしめることで何とか堪える。  ダメだ、今ここで泣いてはいけない。もしも大久保がこの悪質な悪戯の犯人だったとしたら、バスケ部全体にヒビが入ってしまう。ウインターカップまであと少しという大事な時期にそれは絶対に避けたい。それに、出来れば……出来ることなら、犯人は大久保じゃないと信じたい。

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