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犯人は誰だ!? 雪哉SIDE ⑨

「……アイツら、やっぱデキてんのか?」  二人の後ろ姿を眺めながら、橘がぼそりと呟く。 「えっ? そうなんですかね?」 「ま、どっちでもいいけど……アイツらが教えてくれなかったら、俺はお前の所に辿り着けなかったかもしれない……感謝しないとだな」  言いながら、橘の手が伸びて来て雪哉の頬にそっと触れた。殴られた部分が少し腫れて熱を持っているのが自分でも分かる。労わるように撫でられて、じんわりと胸が温かくなった。 「先輩、ありがとうございます」 「……礼を言うのはこっちの方だよ。……悪かったな、守ってやれなくて……。怖かったろ?」  橘は優しく笑うと、ぎゅっと雪哉を抱きしめた。  まだ頬に残る痛みよりも、胸に広がってくる甘い感情の方が勝って何も考えられなくなる。 (あぁ、どうしよう……やっぱり、好きだ……こんな気持ち……だめなのに……)  ダメだと思えば思う程、想いは強くなっていく。橘の事が好きだと思う度、胸が苦しくなる。それでも、橘に触れられることが嬉しくて堪らない。  好きだと思いを伝えられたら、楽になるだろうか?   でも、万が一拒絶されたら――……? そう考えると足がすくんで、なかなか前に踏み出せない。 「……先輩……っ」 「んだよ?」 「……いえ、なんでもないです」  言えない。言えるはずがない。この関係を壊したくない。背中に回そうとした手を握りしめ、そっと橘を押して距離をとる。 「……っ、明日は……その……頑張りましょうね」 「……あぁ、そうだな。取り敢えずお前は……お姫様らしくおしとやかにしとけよ?」 「もうっ! 先輩までっ!」  ニヤリと意地悪く笑われて、カッと顔に血が上る。恥ずかしくて俯いていると、ポンと頭に手が乗せられた。 「ははっ、悪い。怒るなよ。……キスは……明日のお楽しみに取っといてやるよ」 「え……っ!?」  思わずパッと顔を上げると、ちゅっと唇を掠めてそのまま離れて行った。 「せ、せんぱいっ!」 「ははっ、真っ赤になってんじゃねぇか……期待した?」 「ち、ちがっ……期待、だなんて……っ」  耳元で囁かれ、身体中の血液が沸騰しそうになる。からかわれているのに、嬉しいと感じてしまう自分が悔しい。  これ以上赤くならないくらい顔を紅潮させたまま、恨めし気に橘を見上げると彼は満足げに笑って再び雪哉の頭をクシャリと撫でた。 「今日はなにもしねぇよ。怖い目に遭ったばかりだし……そんな気分にはなんねぇだろお前も。まぁ、シたかったんなら相手してやってもいいけど?」 「なっ、そ、そんなわけ……っ」 「冗談だよ。また今度な。……それより腹減ったなぁ。何か食いに行くか?」  そう言って歩き出した橘の背中を慌てて追いかける。外に出ると、ひやりとした風が肌を刺した。秋も深まり、いつの間にか夜はすっかり冷え込むようになっていた。空に浮かんだ満月が煌々と辺りを照らしている。 「先輩、明日……絶対成功させましょうね」 「……おう」  橘は短く返事をすると、黙って前を歩いて行く。その横顔はどこか切なげに見えた。

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