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いざ、文化祭 ⑦
「……僕は、今のままで十分だから……」
今はただの先輩後輩の関係でいい。それ以上は望まない。
「――そっか。なら、仕方ないか……」
雪哉の想いを感じ取ったのか、和樹はそれ以上は何も言わずに肩をポンと叩いてくれた。
「おはよー、二人とも! って、なんか暗いけどどうした? 喧嘩でもした?」
「拓海。おはよう、喧嘩なんてしてないよ。今日の劇も頑張ろうって話してただけ! な、和樹?」
「えっ? あぁ、うん。そうそう!」
後からやって来た拓海に声を掛けられ、雪哉は作った笑顔で答える。空気を読んでくれているのか和樹はそれに合わせるようにぎこちなく笑っていた。
「ふぅん、あ! そうだ劇って言えば……ユキの白雪姫役が超絶美人ではまり役だってみんなの噂になってたぜ! 昨日は観に行けなかったけど、今日は俺も行くから!」
「……ハハッ。観に来なくていいよ。恥ずかしいから」
「えーっ、なんでだよ」
何が悲しくて長年片思いしていた相手に女装した姿を披露しなければいけないのか。
「そ、それよりさ。もしよかったら一緒に回らない? 午前中だけなら僕、空いてるんだけど……」
「あー、ごめん。アキラと今日も約束してて」
テヘッと言わんばかりに表情を崩す拓海を見て、やぶへびだったなと雪哉は頬を引きつらせた。
「や、うん。大丈夫! 二人で楽しんでおいでよ。……ちなみに、和樹は?」
「俺? 俺は今日こそマッスー誘って一日中一緒に居ようと思って!」
「そ、そう、なんだ……」
その言葉に、和樹らしいなと苦笑する。
さて、今日一日どうやって過ごそうか。一人で回るのはつまらないし、橘を誘うのもなんだか気恥ずかしい気もするし……いっそ、向こうから誘ってくれたらいいのに。
そんな事を考えながら一人で廊下を歩いていると渡り廊下の反対側からこちらに向かって走ってくる人物に気が付いた。
「こんな所に居やがった。おい、萩原」
髪をオールバックで固めて、真っ黒いスーツに身を包み手には白い手袋を装着している。いつもとは全然違う姿に声を掛けられ、雪哉は一瞬誰だかわからなかった。
「えっと……橘先輩?」
「ほかに誰がいるって言うんだ」
「だ、だっていつもと雰囲気が何だか違うから……」
「惚れなおしたか?」
「な……っ馬鹿じゃないですか……っ!?」
ニヤリと不敵に微笑む顔がいつもより数倍格好良く見えるのが悔しくて雪哉が顔を背けると「照れてる顔も可愛いな」なんて囁かれたが、その声の近さにドキリとして余計に恥ずかしくなる。
「……て、照れてないですっ!」
「ははっ、まぁいいや。それよりさ、お前今日一人か?」
「えっ? えぇ、まぁ……」
これってもしかして……デートのお誘いなんじゃ……?
橘の方から声を掛けてくれた事が嬉しくて舞い上がりそうになるのを必死で堪えて平静を装う。
「そっか、よかった。じゃぁちょっと付き合ってくれよ」
「……っ!」
まさかの直球で、しかもストレートな誘いに思わず言葉が詰まる。もしかして、これは夢? 自分に都合のいい夢でも見ているのだろうか?
「ほら、行くぞ」
橘が先に歩き出したのを見て、雪哉は慌ててその後を追いかけた。
「……あの、何処に行くんですか?」
「あぁ、ちょっとな」
何だろう? 気になるけれど橘は答えてくれそうになかった。
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