102 / 152

ティップオフ ⑤

 ビィ――――ッ。  試合再開のブザーが鳴った。  10点のリードをもって後半戦を開始した藤澤は、時間をかけてオフェンスを展開していた。  どんどん点を取りに行くのではなく、リードを守る作戦のようだ。守備的なチームとしては自然な作戦だと言える。  それで時間を稼がれれば、当然、明峰にとって不利だ。 「このっ……!」  藤澤のPF(パワーフォワード)へのパスに対して、鈴木が手を伸ばした。指先が辛うじて触れ、ボールの行き先が逸れる。  宙を舞ったルーズボールはコートの外へ。  そのまま床に落ちて藤澤ボールからの再開――かと思われたが、誰よりも早く雪哉がボールに飛びついた。サイドラインぎりぎりで拾って素早くドリブルに持ち込み、速攻を仕掛けようと一歩を踏み出す。  ――が、目の前に、佐倉が立ち塞がっていた。 「っ!」  雪哉は突破(ドライブ)を左に、と見せかけて一気に右に切り返し、一瞬反応が遅れた佐倉の隙を突いて抜き去る、が、抜き去った先には一条がコースを塞いで待ち構えていた。 (まずい……っ)  雪哉は思わず足を止め、慌てて一条に背を向けボールを両手で掴んで保護した。ドリブルを止められパスかシュートしか選択肢が無ければシュートを狙うしかない。  だが一条はそう簡単にはシュートを打たせてはくれないだろう。仮にも一条は都内トップクラスのC(センター)だ。無理に撃ちきれるものでもない。  だったらパス? いや、それは佐倉に止められる可能性が高い。  ――だったら……! 雪哉は、一旦上半身を振って左に踏み替え(ピボット)するフェイク動作を入れ、右に踏み替えピボットターンしてシュート体勢に入った。 「甘いよ、萩原っ」  素早く一条は反応し、手を伸ばしてシュートを妨害して来た。  だが、雪哉はそこからさらに。 「!」  雪哉は一条のすぐ横に体を入れて、アンダーハンドでボールを放り投げた。  バックボードに当たったボールはそのままネットへと落ちていく。 「甘いのは、そっちだよ。一条」 「くそっ!」  雪哉の鮮やかなシュートに、客席からどよめきが上がる。 「おおお! 雪哉すげーっ! 何今の!?」 「よかった、上手く決まって。ほら、喜んでる暇はないよ、和樹。切り替え!」  興奮気味の和樹を叱咤し、相手の攻撃に備える。点差はまだ8点も開いている。だが油断はできない。此処からどれだけ追い上げられるかが勝敗の分かれ道だ。 「わかってる……よっ! っと」  相手ボールを素早く和樹がカットし雪哉は空いているスペースへと走る。振りをしてフリースローラインを付近を目指した。案の定自分のマークは佐倉が外れ、3年の山田が付いてきている。  佐倉よりプレッシャーは少ないが足は速そうな選手だ。何より、行かせないと言った気迫が滲み出ている。 「萩原、パス!」  鈴木からパスを受け取りゴールまで真っすぐ背面押し込みバックダウンを仕掛け、相手選手を押し込み、逆側へ切り返して抜きに掛かる。  途端に相手チームのディフェンスが収縮するのがわかった。 「アイツにシュートを撃たせるな!!」  藤澤ベンチからの野次が飛ぶ。 雪哉の攻撃力は前々から警戒されていた。前半は佐倉に押さえ込まれていたもののそれでも、何点かは得点に貢献している。  雪哉がゴールに向かって仕掛けようとするその動きは、強烈に相手ディフェンスを引きつけていた。  雪哉はジャンプし、シュートモーションに入る――と、見せかけてコーナーへパス! 「サンキュ、萩原!」 「あっ! くそっ」  コーナーにはフリーになった橘が待ち構えていて、ボールを受け取るとすぐさま3Pを放った。  佐倉が手を伸ばすよりわずかに早く、橘の指からボールは離れ綺麗な弧を描いてゴールに真っすぐ飛んでいき、スパッという小気味いい音を立ててネットを揺らした。  スコアボードが28-23を表示する。  流れは今、完全にこっちに来ている。 雪哉達全員がそれを実感していた。

ともだちにシェアしよう!