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切ない思い
「――はぁ」
京都へ向かう新幹線の中、景色を眺めながら雪哉は知らず知らずのうちに深い溜息が洩れてしまっていた。
今日から2年生は時期としては少し遅めの修学旅行。3泊4日で京都、大阪の2か所を巡る予定になっている。
周囲の空気は浮足立っていて、早くも自由行動で何処へ行こうとか、どこどこの店が美味いらしいとか、そんな話で盛り上がっている。
女子は特にインスタ映えスポットのチェックに余念がないようで、リストアップしたいくつかの場所をどうやったら効率的に巡れるかチェックに余念がない。
雪哉の隣に座っている拓海も、先ほどからスマホを弄り時折顔をニヤつかせながら誰かとやり取りをしている。
その顔を見れば、画面越しの相手が誰なのかは容易に想像が付くし、大方会話の内容もイメージが出来てしまう。
「なぁユキ。明日の自由行動の事なんだけどさ……」
「加治先生と一緒に回りたいんだろ? いいんじゃない? 適当に口裏合わせといてあげるから行っといでよ」
「ちげーし! いや、そうなんだけど……そうじゃなくて!」
若干食い気味に返したら、拓海はムキになって否定して来た。と、言うかどっちだよ!? と、思わずツッコミを入れたくなる。
「自由行動は班別だろ? 俺だけ単独ってわけにはいかないよ」
要するに自分たちのデートについて来てほしいと? つまりはそういう事だろうか。
それか、加治が自由行動の間中べったりとくっついて回るのか。
そんなのどっちも嫌すぎる。 大方予想はしていたけれど、何が悲しくて好きな相手を寝取った男と一緒に一日行動を共にしないといけないのか。
元々低いテンションが余計にダダ下がりだ。
「別にいいんじゃない? 班で行動って言ったって誰かがチェックしに来るわけでもないんだし。その辺は加治先生が上手く誤魔化せばいいじゃん」
「でも……俺はユキとも回りたいんだ」
「……」
出た。拓海の得意技、必殺上目遣い。 少し困ったように眉根を寄せて、かわいい顔でお願い。と頼まれれば雪哉は嫌だと言い辛くなってしまう。
好きだった相手にそんな事言われて嬉しくない筈は無い。これだから無自覚は嫌なんだ。そんな風に言われて雪哉がどう思うかなんてきっと拓海は微塵も考えていない。
「……わかったよ。嫌だって言ったってどうせ付いてくるんだろうし……好きにすれば?」
雪哉は小さく息を吐くと、再び窓の外に視線を移した。
いつもそうだ。こっちは離れたいのに、なんだかんだで拓海の方が加治と共に近づいて来て、目の前でイチャイチャを見せ付けられる。
拓海の中では、自分が襲おうとしたことすらも無かったことになっているのだろうか?
だとしたら、本当に都合のいい脳みそをしている。ある意味幸せだろうなとも思う。こっちはそれから半年間も悩み苦しんできたと言うのに。
橘が居なければ、もしかしたら未だに苦しんでいたのかもしれないと思うとゾッとする。
しかし、もうすぐその橘も居なくなってしまう。そしたら自分は、何を支えにすればいいんだろう?
真っ暗なトンネルの中に突然一人でポツンと放り出されたような不安や心細さに襲われていっそ泣き出してしまいそうな感覚に陥る。
「ていうか、ユキ元気ないな……腹でも痛いのか?」
拓海にそう尋ねられて雪哉は静かに首を横に振った。半分はキミのせいだよと言えたらどんなに楽だろうか。
「なんでもない」
「ユキ……こっち見て」
視線を逸らそうとしたら、いきなり頬を両手で挟まれて、強制的に顔を向けられる。
「ほら、全然なんでもないって顔、してない」
額と額がくっつき、視線が絡む。頭を固定されてるから逸らすことも出来なくて、雪哉は思わず息を呑んだ。
「俺が何も気付いてないと思ってる?」
「ちょっと、なに?……っ」
拓海がいつになく真剣な表情でこっちを見ている。
全てを見透かされてしまいそうな意志の強い瞳に捉えられ目を逸らすことも許されずに背筋に嫌な汗が伝った。
「……橘先輩の事、考えてたんだろ」
「な……っ」
いきなり確信を突いて来た質問に、言葉を無くし二の句が継げなくなる。
拓海に橘の事を話したことなんて一度も無かったから、彼の口からその名が出たことに驚きを隠せない。
「ユキが俺の事ずっと見ててくれたように、俺だって幼稚園の頃からずっとユキの側に居たんだ。ある程度の事くらいわかるよ」
ある程度とは、何処まで? いつから気付いていたのだろうか? この場合、何と答えるのが正解なのだろう?
考えてみたけれど、正解なんて見つかるはずもない。
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