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切ない思い ②
「好きなんだろ、あの人の事」
「……さぁ、どうだろ。まだ、自分の気持ちがよくわかってないんだ」
「嘘だよ。そんなの」
適当にはぐらかしてしまおうと思ったのに、ぴしゃりと言いきられて言葉を失った。
「認めるのが怖いだけだろ」
「……ッ」
真っすぐに、射抜くような目で見つめながらそう言われ雪哉は思わず唇を噛んだ。
拓海に自分の何がわかると言うのだろうか。先輩たちが引退してから既に数か月。時々かかって来ていた電話も最近はめっきり無くなってしまった。
橘が女子と楽しそうに会話をしている姿をたびたび目撃し、やはり自分はただの暇つぶしで、性欲処理の道具にさせられただけだと気付いたばかりなのに。
加治との関係も良好でいつでも何処でもバカップルしてるようなヤツに軽々しく言われたくない。
胸が騒めき、目の前の相手を睨み付けると吐き捨てるような言葉が自然と口から零れ出た。
「……わかったような事、言わないでくれる?」
「わかるよ。俺だって……同じだったから」
即答だった。不快感を前面に押し出して言ったのに、静かな口調でそう返って来てハッとする。
「そんなわけ、ない」
拓海が加治の事を好きなんだろうなと言うことは傍から見ても一目瞭然だった。加治は出会った時から全面的に好意を隠そうとしていなかったし、拓海だって口では否定していたけど満更でもなさそうで、人の気も知らないでイチャイチャしていたくせに。
雪哉は拓海の事が好きだった。それこそ物心が付いた時からずっと。一途に愛していた。
自分が拓海に抱く感情が普通のそれとは違うと気付いたのは小学校の高学年になってから。
小6のころ、女子から告白されて、初めて形ばかりのお付き合いをしてみた。拓海の行動には心が揺さぶられるほど敏感になるのに、彼女に対しては何も感じない。デートらしいデートなんてしたことなかったけれど、結局何もないまま時が過ぎ、中学に上がるときには自然消滅してしまっていた。
精通だって、覚えたばかりのマスターベーションの妄想ですら、目の前に居る拓海だった。
本人にはそんな事、口が裂けても言えるわけがないけれど。
この思いに拓海が応えてくれることなんてきっとない。親友として側に居れさえすればそれで満足するはずだったのに。
よりにもよって、拓海が選んだ相手が男だったなんて。女子と付き合うのだったらまだ無理やりにでも納得できたのに、相手は自分と同じ男。
もしかしたら、自分にだってチャンスがあったかもしれないと言う絶望感。この感情を拓海は知っているのだろうか?
「拓海の気持ちと、僕の感情は違うよ」
「なんで?」
「なんでって……どうせあと1か月もしないうちに居なくなっちゃうだろう? 報われない感情なんてきっと邪魔になるだけだから」
加治が拓海に向けていた感情と、橘から自分に向けられる感情はきっと違う。
胸に抱きかけた思いを橘に伝えるつもりもない。拓海の時と同じ轍は踏みたくないし、軽い気持ちで寝たであろう橘に知られてしまったらきっと引かれてしまうから。
そうなったらもう、きっと雪哉は立ち直れなくなってしまう。
「……っばっかじゃねぇの! そんなのただのヘタレじゃんか!」
ぐ、と唇を噛みしめて拓海が席を立つ。何処へ行くのかと視線を向けると複雑な表情を浮かべ、拳を握り締めたまま「トイレ行って頭を冷やしてくる」と低い声で言い走って行ってしまった。
「ヘタレで悪かったな。……でも、仕方ないじゃないか……」
雪哉は背もたれに身体を預けてズルズルと腰を落とした。拓海と言い争うつもりなんて無かったのに。
「はぁ、……どうしていつも、こうなっちゃうんだろう……」
新幹線は既に名古屋を通過し、次の停車駅、京都へと向かって行く。どんよりと薄曇りの景色眺めながら、雪哉はもう一度深い溜息を吐いた。
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