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切ない思い ⑨
「で? 何かあった?」
「…………」
運ばれてきた抹茶パフェやティラミスを間に挟み、和樹が不思議そうに尋ねて来る。
昨夜の事聞いてもいいのだろうか? 今更ながらに不安に思ったがここまで来て何でもないと言う訳にもいかずに、抹茶のティラミスを口に含みながら思い切って聞いてみた。
「実は、聞いちゃったんだ……昨夜、増田先生との会話……」
「ゆうべ? あ……あ~! たはっ、なんだ……誰かいるなぁとは思ってたけど、アレ、雪哉だったのかよ! うっわ、恥っず」
「……誰かいるのは気付いてたんだ」
それはそれで、こちらも恥ずかしい。赤くなってしまいそうになる頬を誤魔化すように俯いてスプーンでティラミスを崩しながらちびちびと口に運ぶ。
「なんだよ、言ってくれたらよかったじゃん」
「言えないよ……。フラれてたじゃん」
これで、両思いで付き合うことになった。とかだったら気軽に言えたのかもしれないが、実際に目にしたのは明らかにフラれていた場面だ。
自分だったら、出来ればそっとしておいて欲しい。
「ハハッ、まぁ……ね。つーか、そんな事気にしてたのか」
「そんな事って」
「気、遣わせてごめんな? けど、俺、見てのとうりだから気にすんなよ」
そう言って八重歯を覗かせる和樹の表情は明るい。なぜ、フラれたのにそんなに明るく振舞っていられるのかわからない。
「和樹は、なんで告ったの? ああなる可能性、考えてなかったわけじゃないんだろ?」
「え……っと、随分ぶっこんできたね。雪哉」
「あ、ごめ……っ、話したくないならいいんだけど」
「いいよ、大丈夫。そりゃ、元々ダメだろうな、とは思ってたしねー。マッスー今、恋人居ないって言ってたからワンチャン行けるんじゃね?って思ってた部分もあるんだけど……。 後悔だけはしたくなかったって言うか……99%だめでも、1%でも可能性があるのならその可能性に掛けてみたかったから、かな」
「――――……」
笑って誤魔化すように、和樹はパフェのグラスにスプーンを突っ込みぐちゃぐちゃと掻き混ぜてから口に含んで、あまりの美味しさに表情を綻ばせた。
「怖く、なかった?」
「んー、んまっ……。うーん、怖くは無かったかな。そうすることが自然だと思ったし、実際一年も猶予貰えたしね。それにさ、多分だけど、……いや、これは俺の希望的観測なんだけど、マッスーも俺の事好きだと思うんだよ」
何というポジティブシンキングなんだ。雪哉は思わず感心してしまう。
「凄いな、和樹は」
「凄くなんてないよ。ただ、ずっと思い続けるって事の方が俺には耐えられないだけ。だってさ、嫌じゃん。片思いしてる間に他の誰かに取られたりすんの」
和樹の言葉がグサリと刺さる。思い当たる節がありすぎて溜息しか出ない。
「っていうか、俺にこういう事聞いてくるって事は――?」
「ち、ちがっ! 違うしっ! 別に、告りたいとかそんなんじゃないからっ」
「ぶは、俺まだなんも言ってないのに」
ワタワタと慌てる雪哉を見て、和樹がククッと喉を鳴らす。そして、スプーンを口に咥えるとジッと雪哉を見つめた。
「な、なんだよ……」
「雪哉ってさ、最近丸くなったよな。丸くっつーか、うまい具合に力が抜けたって言うか。女子達も噂してたぜ」
「何それ、僕ってそんな堅かった?」
「んー、堅いって言うか、生真面目って言うか」
女子生徒たちの噂話なんて気にしたことなかったが、自分がそんな風に言われているとは意外だった。
それが本当なら、丸くなった原因で思い当たるのはただ一つ。橘の存在が大きいだろう。
男によって自分が変わるなんて考えてもみなかった。相手の色に染まりたいなんて言う願望もない。
ただ、適度に力を抜く術を、橘と一緒に過ごすことで身に着けたのかもしれない。
まだ、自分の気持ちを素直に表したり思っていることを伝えるのは苦手だけれど。
1%でも可能性があるのなら、それにかけたい――。
そうやって語る和樹を初めて凄いと思った。
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