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第2話

「在間 恭冴(ありま つかさ)」 兄の名前が呼ばれ、寝ぼけていた僕は返事しそうになる 中学最初の春 一番前の席である僕を先生が睨んで指を指す 「おい、在間。呼ばれたら返事しろ」 「えっと、せんせ…」 「せんせー!このクラスには司はいませんよー。うちのクラスにいるのは出来損ないの方の在間です」 「…」 「おい!よさないか。すまないな 在間 美風(ありま みかさ)君」 「…いえ」 先生は申し訳なさそうに首を摩る 後ろの席で友達とげらげら笑い、僕を馬鹿にするのは悠雅(ゆうが)君 小さい頃から兄の友達で、僕を見つけては兄の目が届かないところでいじめをしてくる 悠雅君と同じクラスになってしまった事に酷く落ち込んだ 小学校からずっと僕をいじめる本人と一年も一緒に過ごさなければならないとは、自分の運の悪さを今までにないほどに恨んだ ホームルームが終わると悠雅君は早々と僕をからかってくる 「よお。出来損ないの美風ちゃん。おんなじクラスだな?」 悠雅君は僕の髪を強く引っ張って無理矢理顔を上げさせると誰にも聞こえないくらい小さな声で耳打ちする 「放課後、体育倉庫にこいよ。待っててやるからさ」 意地の悪い顔して笑って教室から出て行く 悠雅君の取り巻き達も、げらげら笑いながら、悠雅の後をついて教室から出て行った 教室に静けさが戻る 彼らが出て行っても誰も声を出して喋らない 代わりにひそひそと声を殺しながらこっちをうかがうようにちらちらと盗み見る人達で溢れかえった その場に居づらくなり、美風も教室をでる 今の光景を見せられたら、きっと誰も僕の友達になりたがらないな どこか落ち着くところはないのかと探して歩いていると、ちょうど教室から出てきたのか、兄の恭冴が僕を見ては手を振った 兄の隣にいるのは知らない顔ばかり 兄さんはもう友達が出来たのか 羨ましい半分、少し妬ましかった 顔も、頭も、性格も どれも美風に持ってないものばかり、兄は持っていた だが、そんな兄のことを憎いとは思うが、嫌いにはなれなかった 確かに全部兄に良いところを盗まれたと思うしかないほど、自分には何もない 兄が憎い だが、同時にそんな兄を自慢に思うようになった 僕を、兄を嫌っている美風を唯一優しくしてくれたのは兄の恭冴だけだった 父の代わりに頭を撫で、母の代わりに寝かしつけてくれる 兄さんの子守唄が一番好き 優しい兄さんの声が一番好きだった いつしか嫌いでたまらなかった兄を今は一番信頼している でも一緒にいるのは嫌だった 周りに兄と比べられるのはやはりいい気はしない 嫌いで好き いつかこのぐっちゃぐちゃな心を整えられたらいいな 美風も兄に小さく手を振りその場を駆け足で走り去る 次の授業開始のチャイムがなっても戻る気にはなれなかった 「サボっちゃお」 そして特に当てもなくふらふらと歩き回って最終的に屋上にたどり着いた

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