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第9話

「しまった…」 すっかり時間を確認するのを忘れていた すでに門限を超えている さらさら守る気もないのだが、じゃなければ家に帰ったとたんに重たい拳が飛んでくる 今日もフルボッコですか 「もう、どうにでもなれ」 店を出て近くのイスに座り、買いたての真っ新な本を開く 家に帰ったところでゆっくり見れる時間もないし、どうせならここで読み切りたかった 「楽しみ。半年も待った甲斐があるなぁ」 「おい」 「うわっ!」 いざ読もうと本に手をかけた瞬間、横から低く唸るように声をかけられて驚く 楽しみにしてたのに どうせ今日もどっかのチンピラだろうと顔を上げるとそこにいたのは意外な人物が美風を見下ろしていた 「悠雅君…先に兄さんと帰ったと思ったのに」 「ちっ、はぁ。お前のせいで恭冴もさっさと帰ったんだよ」 「えー、そうなの?じゃ僕のせい?」 「ああ」 「あちゃぁ」 ちょっとした事でそんなに悲しそうな顔をされるとなんだか美風まで同情したくなる ふとスマホを見ると確かに恭冴からの通知の量がかなり溜まっていた 心配させてしまったようだ 内容を見るとどこにいるのかというメッセージに混じって 「今日は夜勤で2人ともいない」 と言うメッセージが送られてきていた どうやら今日は両親は家にいないらしい なんだ、心配しただけ損した気分だ 「おい。お前のせいだぞ、どうしてくれんだよ」 「そんな顔しないでよ、僕だってできることなら兄さんとは一緒にいたくない」 「嘘つけよ、お前が媚び売って恭冴を困らせてんだろっ!」 「そんなこと言われても…あっ!」 「あ"?」 先程の兄からのメッセージでは今日両親は家に帰ってこないはず 目の前の悠雅君は今にも殴りかかってきそうなほど気が立っているらしい ベストタイミングとしか思えない 「今日さ、家に親いないんだよね」 「だからどうしたんだよっ」 「夜ご飯、食べてけば?」 「は?」 「ただいまー。兄さん?」 「美風!もう、遅いよ…心配したんだよ?」 「だから、ごめんって」 家に入った途端に兄の恭冴が美風を抱き締める それは心地よい強さの力で、嫌がる素振りを見せはするものの美風も満更でもない だが、その様子を後ろから入ってきた悠雅によって一変する 「お邪魔、します」 「はーい、どうぞ入ってー」 「え、まってまってなんで悠雅がここにいるの」 「あ、なんか連れてきちゃた。嫌だった?」 「嫌なのか?恭冴」 「そうじゃ…ないけど」 兄の反応にどこか鈍さを感じ引っかかったが、大した事でもないだろうと、美風は気にせず悠雅を家に招き入れた 悠雅は久しぶりにうちに上がれて嬉しそうだったが、対して恭冴はムスッとしていて何か納得できないというような顔をしていた 美風はなぜそんな顔をするのかわからなかった てっきり悠雅を連れて来たら喜ぶと思っていたが、案外2人ってあんまり仲が良くないのだろうか 「2人とも食べたいものある?」 「俺は別に。なあ、恭冴は何食べたい?」 「僕も別に…」 なんだか気まずい 悠雅君はいつものように兄さんにベタベタしてるけど、兄さんの方はそうでもなさそうだ 僕がいない間に口喧嘩でもしたのだろうか 「手伝うよ、美風」 「うん、玉ねぎ切って」 「わかった」 なんとなくギスギスした空気の中で、野菜を切る音だけが響く どうしたものか こんなはずではなかった 美風がどうこうする事もできずに、ただ時間だけが過ぎていった

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