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第34話 出会い

      [響視点] 車内には再び沈黙が訪れた 先ほどと違うことといえば、小さな寝息が助手席からしてくるくらいだろう あれほど愉快に笑っていた美風は、急に力尽きたように一瞬にして眠りについてしまった いつもコロコロ忙しなく変わる表情が、寝ている時だけはぴくりとも動かなくなる いつも身動き一つしないため、 薄く開いた口から聞こえる小さな寝息が聞こえなければ、死んでいるんじゃないかと思えるほどに 癖なのか、息を殺すように眠るのは昔から変わらない 美風に初めて会ったのは約7年前 その年は春が近いというのに昼間でも少し肌寒い日々が続いていた その日は珍しく早朝に目が覚めてしまい、寝直すにも微妙な時間帯だったので、散歩がてらコンビニにコーヒーを買いに行った時だった コンビニの前には小さな公園があり、いつもなら人影はないのに、朝方の時間に珍しくベンチに人が座っていた よく見ると大人にしては小さい背中で、おそらく中高生の少年であろうと推測できた 気にはなったが声をかけることはなく素通りし、響はコンビニに入った 「イラッシャイマセ」 自動ドアが開くと軽快な音楽に合わせて機械的な言葉が頭上でなる 人気のないコンビニではその音はいつもより大きく聞こえ、音楽が鳴り止むと、とくにすることもないのか、レジ員の話し声がハッキリと聞こえてきた 「なぁ、まだいる?あの子」 「うん、いる。もう何時間も公園に座ってるよね」 若い男女がコンビニの外、向かいの公園を覗きながらそんな内容を話していた コーヒーを手にしながら先ほどの少年を思い出す 何時間もあの状態? いったいいつからあそこにいたのだろうか まだまだ寒い時期に外に座り続けるのはさすがに冷えてしまうのではないだろうか そのときは何気なくコーヒーと、そして隣に並ぶココアも一緒にレジへと持って行った 「ねぇ君、何してるの?」 「……誰あんた」 「あ、えっと…」 ギロリと髪の隙間から覗く鋭い眼が、響を見る 有馬を言わせないというような鋭さだったが、その眼はどこか虚で儚げに見えた 少年の異様な雰囲気にゴクリと喉をならすが、怖気付きながらもせっかくココアも買ったのだから渡してから帰ろうと、そう思った 「よ、かったら、これ」 「…くれんの?」 「うん、寒いでしょ?」 歯切れ悪くも少年に先ほど買ったココアを見せると、いくぶんか表情が柔らかくなり、すっとココアに手を伸ばす 正直受け取ってくれるとは思わず、ポカンとしながらも少年にココアを手渡す 少年は半ば奪い取るようにココアを手に取るとすかさずカチッと蓋を開けて飲んだ 「あっま」 「あ、コーヒーもあるけど、こっちにする?」 「別に、嫌いなわけじゃない」 そっけなく返される言葉は最初ほどトゲはなく、響は、これはいける、と思った 「隣り、いい?」 「…好きにすれば」 相変わらず冷たく返されるが、少し横にズレる動作が可愛らしく、そのツンデレ具合にまるで猫のようだと感じた 「何してたの?」 「別に、なんも。」 「何時間もここにいるんでしょ?なんかあった?」 「だから、なんも。お金なくなったから暇潰してただけ」 やはり突き放すように言われたが、詰めれば金がない、と言う風な少年にいろいろ聞きたいことはあったが、 響はなんとなく、ああ、家出だな。と容易に察しがついた 少年の服装は至ってシンプルで長袖のTシャツにジーパンで、やけに軽装だ 風呂に入れていないのか、顔や指先は少し汚れており、髪もパサついていた 「寒くないの?その、上着とかないなら貸してあげようか?」 「寒くない。あんたは寒がりだね、もう春だよ」 少年は響の服装を見て鼻で笑った 少年の言う通りもう春だが、その薄着ではさすがに寒いと思う 先ほどココアを手渡した時の少年の手は冷たかったが、強がりからなのか、それを認めようとはしなかった 「それじゃあ…あ、ほら汚れてる、服も…お風呂貸してあげるからさ、いったん俺の家にこない?」 「ねぇさっきからなんなの。いいから、そういうの」 「…そっか、そうだよね」 やはりそう簡単にはいかないものか でも諦めて放っておくのも気が引ける なんとかして少年を保護したいが、無理にでも連れて行けば、逆に響が通報されるだろう どうにかして少年を説得できればいいのだが 「でもさ、やっぱり、親御さん心配してるんじゃないかな」 「………」 「まだ君は子供だし、怒られるのが嫌なら、俺も一緒に行ってあげるからさ。だから…」 「もういいや。うざいあんた」 何かが気に障ったのだろう 少年はそう言っていきなり立ち上がり、手に持っていたココアの空き缶を近くのゴミ箱に捨てると、颯爽と公園を出ていってしまう 慌てて響も後を追うが、少年はお構いなしに足早に進む 「ご、ごめん怒らせたなら謝るよ。でも、ほら俺も心配で」 「じゃあもう心配しなくていいね。ここにはもう来ないから。」 あたふたと少年の後に続く響にそう言い放つ 間違えた 赤の他人が踏み込むにはデリケートすぎることを言ってしまった きっと酷く傷ついただろう それでも諦めきれずに、ぐっと少年の腕を掴んだ 「まって!」 「っ痛…触んないで!!」 「あ…ごめんつい…」 驚いた少年は響の手をブンと勢いよく払うが、それすらも痛みを感じるのか、自らの腕を庇うようにさすっていた その表情はとても子供がするとは思えないほど怯えた表情をしており、響は狼狽えた 「…もう関わんないで」 そう言って少年は唖然とする響の元から走り去っていった 響はその背中を追いかけることもできず、ただただ見つめることしかできなかった

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