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第39話 名前
「も、もうむり…」
どさりと後ろに倒れ込む美風と最後の一口を頬張るりょうすけさん
小さな机パンパンに積まれていたジャンクフードの山は、いつのまにか綺麗サッパリ消えていた
それもこれも必死の思いで食べていた美風のおかげ
…ではなく、今もなお余裕そうに缶酒をあおるりょうすけさんが8割ほど食べてくれたおかげである
「イケるもんだね。人間」
「いやいやほとんど俺食べてたし!ミカちゃん全然食べてないじゃん」
りょうすけさんは寝転がる美風を見ながらケラケラ笑った
今にも弾けそうな腹に苦しむ美風とは違い、りょうすけさんは汗一つかくことなく完食していた
それも美風の何倍の量を食べたはずなのに
「おかしいよ、りょうすけさんのお腹、ブラックホールなんじゃない…」
「何言ってんの普通だよ。ミカちゃんが全然食べないだけじゃん」
「そんなわけないよ」
そんなわけない
確かに美風は少食な方なのだろうが、りょうすけさんが食べる量は尋常じゃない
何度か食事を共にしたことはあったが、こんなに食べているところをみるのは初めてだった
今まで美風に合わせてくれていたのだろうか
こんなに大食いだなんて知らなかった
「次は焼肉行こうよ、食べ放題の」
「ミカちゃんの奢り?」
「そんなわけないない」
ふっと笑う美風にりょうすけさんは困ったように笑って言った
「いいね食べ放題。ミカちゃんははもっと食べなきゃ。このままじゃ折れちゃいそうだよ」
「悪かったね、ガリガリで」
「そうは言ってないでしょ〜」
そんな風にしばらく二人でくだらない話で盛り上がっていたが、不意にりょうすけさんは真剣な表情で美風に言った
「俺、もうすぐ海外に戻るんだよね」
「え、そうなの?」
さっきまで笑っていた美風も、その言葉を聞いて顔が驚きで固まる
「親父の会社継がなくちゃでさ、ほんと、やんなっちゃうよね」
「じゃあ、そしたらもう会えないの?」
「なに?さみし?」
「んー、別にかな」
「なんでよ!寂しいって言ってよ〜」
いつものおちゃらけた雰囲気に戻ったりょうすけさんは美風の言葉にショックを受けた、とわざとらしい演技をしていた
そういえばこの人の父親は海外出身で、しかも物凄い人らしく、会社を継ぐと言った言葉になんとなく納得した
美風は一度、りょうすけさんの家に言ったことがある
そこは家というより高層階ビルのような場所で、おそらくそれも彼の父親の所有物だろう
特にエントランスに入った時に何人かの使用人らしき人達に、おかえりなさいませ、と頭を下げられて驚愕した
あんな茶髪でチャラそうな見た目なのに、まさか海外の御曹司の息子だなんて知った時には足が震えた
その時彼は、
「いやいや俺じゃなくて親父だから!俺はただのスネかじりのニートだよ」
と笑っていたが、正直住む世界が違いすぎて困惑した
更に言うと、りょうすけさんは普段もそんなそぶりも取らないし見た目がアレだから、美風も時々りょうすけさんが物凄い富豪ということを忘れそうになる
その日、りょうすけさんの家で過ごした夜は最高だったが、もう行きたくないと感じた夜だったのを覚えている
「あの時はビックリしたよね、あのりょうすけさんがって感じ」
「結構失礼なこと言うねミカちゃん」
「お金あるんだったら高い店連れてってくれればいいのに」
「俺はいいけど、嫌いでしょ?そういうの」
りょうすけさんの言葉に美風は一瞬ドキッとする
確かに美風はそういう雰囲気のお店は少し苦手だった
これまでも何人かの客といろんな高級店に入ったが、どれもこれも雰囲気が落ち着かず、食事に集中できたことなんて一度もなかったが、大抵の客は美風を高級店に連れて行く
美風も見栄を張って平気そうに装うが、それが余計に気力を使うのであまり好きではない
そう思うと今までりょうすけさんと行った場所は、チェーン店や居酒屋といったラフな場所が多かったような気がする
まるでりょうすけさんは美風の本質を見抜いているようで、それが、美風自身を見ていてくれているようで、少し照れ臭かった
「ふ、ふーん、わかってんじゃん」
「でしょ?俺も俺も!ああ言う店の堅苦しい感じ大っ嫌いっ」
りょうすけさんはまさに美風が思っていることと全く同じ事を言って笑った
美風はそれがおかしくてつい笑ってしまう
「富豪の息子なのに、変なの」
「よく言われるよ。でも俺はやっぱりラーメンが好き。ちっちゃく皿に盛り付けられた料理より、どんぶりがいいや」
そういって笑うりょうすけさんの言葉に嘘偽りは何一つ感じられない
無邪気に笑う顔が、言葉が、初めて可愛らしいと美風は思えた
「ね、りょうすけってなんて漢字なの?」
「え今更だね、やっと俺に興味持ってくれた?」
「ふふ、ちょっとね」
「嬉しいね〜。漢字はね、高いの下の口を抜いて漢数字の八を入れたやつ、で、介護の介で亮介。あ、これこれ」
「ふーん。わかった。僕の本名ね、美しい風で美風」
「あそっか、ミカちゃんは本名じゃないんだ。みかさ…キレイな名前だね」
亮介さんは美風が自分に興味を持ってもらえたと同時に美風の本名が知れて単純に嬉しそうだった
美風はもう亮介さんの名前を間違えたりしないだろう
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