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第44話 ストーカー
翌日早朝、美風は起き上がり、隣に眠る響を無視していつも通り玄関に向かうが、手をかけた瞬間、開かない鍵の存在を思い出した
「あそうだった…響さーん!鍵開けてー!」
家を出る前に忘れ物を思い出した子供が、母親を呼ぶように大きな声を出す
朝からこんなでかい声、よく出たものだと自分ながらに思う
しばらくすると目を擦りながら、鍵を手に響が玄関にやってくる
「…今日も、はやいね…」
「ちょっと!嫌そうにするなら鍵なんてかけないでよ」
あくびをしながら響は鍵を開けるが、そんな様子に美風はやや不満気だ
ぷぅと頬を膨らましていると、鍵を開け終わった響は美風の頭を撫でて、寝ぼけ眼で いってらっしゃい と言ってきた
これで無事外に出れると思ったが美風が出ようとした途端、響は体の全体重をかけながら、美風を後ろから抱きしめてきた
「やっぱり、行かせたくないよぉ…」
「おもっ…ちょっと寝ぼけないでよ、もぉ重いって」
「ずっとここにいればいいのに…」
「はいはい、無理だから諦めてね」
なんとか響を引き剥がすことができた美風は、下に降りるためエレベーターを待っていた
響の住む場所は高級マンションの上層階だ
階段で降りるのはかなり疲れてしまうので仕方なくエレベーターを使う
その間カバンからスマホを取り出し操作する
もちろん、昨日悠雅と交換した連絡先をブロックするためだ
が、その必要はなかったらしい
すでにスマホの中にはそんな連絡先は存在しておらず、おそらく昨夜響が勝手に消したのだろう
手間が省けて助かったが、つくづく響は美風のプライバシーを損害してくるのだと呆れたものだ
チン、とエレベーターが1階につき美風はエントランスに向かった
そのとき、朝日にほんのり照らされた外に、見慣れない外車が止まっていることに気づいた
ここの住人だろうか、だとしたらこんな早朝に、しかも駐車場に止めればいいのに、と思いながらも気にせず通り過ぎようとすると、いきなり外車のドアが開いて驚いた
「美風」
「え!?ゆ、悠雅君?なんでここに…」
「とりあえず乗って」
「え?えぇ、ああ、うん」
困惑しながらも促されるまま車に助手席に乗り込むが、終始意味がわからないまま車は発進した
「ずっと待ってた。美風が出てくるの」
「待ってたって…ここで一晩中!?それもどうやってここだってわかったの?」
「それは昨日ムカついたから、尾行した」
「そ、それってストーカー…」
「違う。ちょっと後つけただけ」
「え、いや完全にストー…」
「違う」
美風の言葉を真っ向から否定する悠雅だが、行動自体はストーカーそのものだ
美風はその異常さに抗議しようとしたが、ありむを言わせない雰囲気を醸し出されて、仕方なく口を閉した
「俺の連絡先、消したでしょ?何度も連絡したのに」
「い、いや、それは…響さんが、勝手に、」
「勝手に?それって人としてどうなの」
「………」
お前がな!と言いそうになったがグッと堪える
何も言わない美風に構わず悠雅は続けた
「美風ってあの人とどういう関係?客?」
「…客ってよりかセフレって感じ。羽振りもいいし、お世話になってるから」
「ふーん、俺の方が羽振りはいいけど」
だからなんでそこで張り合おうとするのだろう
悠雅はなんでもないというような顔をしているが、美風からしたらおかしいとしか思えない
美風はツッコミたくなるがまたもや言葉を飲み込んでグッと堪えた
響といい悠雅といい、どうして美風の周りはこんな人しか集まらないのだろう
「それより、どこに向かってるの?」
「俺の家」
「悪いんだけど下ろしてくれない?今日予定あるから、悠雅君には付き合えない」
「予定って何」
美風はドキッとする
もちろん予定など一つもない
響と2日連続で夜を共にしたせいで、疲れが溜まっていたため、家でダラダラすごそうと思っていた
だが、そこに悠雅の邪魔が入ってしまった
美風は他人の前では決して気を抜くことはしない。ミナト以外で。
だから酒を飲もうが酔うなんてヘマはしないし、今日のように朝早くから家を出て隙を見せたりしない
だから悠雅の存在があると、気をつかってしまって美風の休息が取れないのだ
だが悠雅も諦めてくれる気はないようで、不機嫌になりながら予定の内容を聞いてきた
少し尻すごみになりながらも美風は負けじと対抗する
「悠雅君には関係なくない?別に僕ら約束してたわけじゃないし」
「でもどうせ予定なんてないんでしょ?嘘バレバレ」
「ああそう、じゃあ言うけど、僕疲れてんの。さっさと下ろしてよ」
「駄目、暇なら別にいいじゃん」
まるで子供が屁理屈を言うような、全く話の聞く気のない悠雅にイライラしてきた
美風は少し強気になって言い返すが悠雅はそれをのらりくらりとかわしていく
これはもう強行突破するしかない
美風は響と車内で喧嘩したときも、隣からハンドルを奪って無理矢理止めさせるという強行手段をよくやっていた
我ながら危なすぎる
少々手荒だが、今回もこれで降りるしかないようだ
他の車がいないこと、人通りがないことを確認した美風は、助手席から悠雅の握るハンドルを掴みグッと歩道側に傾ける
グンと車が曲がり、驚いた悠雅は当然ブレーキを踏んですぐさま停止した
そのうちに外に出る
はずだったのに
「!?っぶな」
「よし!…あ、あれ、開かない」
車が止まりガチャガチャとドアを開けようとするが、びくともしない
「お前さぁ、事故ったらどうすんの」
「あーもうそんなの知らない!早く出してよ!」
「そんなに俺といたくないわけ?」
はあ。とため息をついた悠雅は、未だドアに奮闘する美風の腕をぐいっと引っ張り顔を寄せた
「離してよ!」
突然のことに驚く美風だったが、すぐに悠雅を引き剥がそうと暴れ始める
そんな美風を静止するように悠雅は低い声で言い放った
「恭冴にバラされたくないんだろ?なら黙ってついてこいよ」
今までにないほどの威圧感を放つ悠雅の顔は、まるで獲物を狙うような、獣に似た目をしていた
それを見た美風はまるで捕食者を目前にした小動物のように動けず固まった
少しの沈黙の末、諦めたのは美風の方だった
「…最初からそうやって脅せばいいじゃん」
「ごめん」
先の威勢はどこへやら
美風はドアから手を離し、座席に座り直した
悠雅は、兄の名前が出た瞬間大人しくなる美風の手を離すと、車を発進させた
到着まで2人は一言も話すことなく、車内には重く冷たい空気が流れていた
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