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第46話 過去、現在

まったく聞く耳の持たない美風に呆れながらも、次の飲み物を注文してくれるあたり、ミナトは優しいのだろう そんな2人がいるのはそこら辺にある個室居酒屋 酒が進んだ美風は珍しく愚痴を募らせミナトに吐き出していた もちろん酒を飲んでいるのは美風だけで、未成年のミナトはソフトドリンクをちびちびと飲んでいた 「やれ愛してるだの一緒にいたいだのそんなこと言って…全部自分のことばっかじゃん。僕の気持ちなんてなんも考えないでさ…」 「そうだよね。ミカのこと、ちっともわかってない」 「やっぱりそう思う!?」 空になった美風のグラスを交換しながらミナトはうんうん、と頷いてくれた まったく年下に人生相談なんて恥ずかしい でも今の美風には通常の判断力はなく、思ったこと全てを口に出してしまっていた 「こんなこと、もう辞めたい…」 「……辞めれば、いいんじゃないかな」 いきなり今までの返しと雰囲気が違うその言葉に、美風はグラスを待つ手を止めた 見るとミナトはさっきまで美風の愚痴を笑いながら聞いていたというのに、今は暗い顔をして俯きがちになっていた 「…ミナト?」 「辞めちゃえばいいよ。美風が苦しんでるところ、もう見たくないからさ」 「あ、あははっ冗談だよ!何本気にして…」 「美風、僕本気だよ」 いつも"ミカ"と呼んでいたはずなのに、今では美風と本名で呼ばれ、いつにもなく彼の真剣さが伝わってきた 美風がなんと言えばいいかわからず黙っていると、ミナトは続けて言った 「僕が仕事紹介するし、困ってたら僕が助けるよ。だから、本当はね、こんなことやめて欲しい…」 ポツポツと語られる言葉には全て気持ちがこもっており、それがミナトの本心だと感じ取れた 笑って誤魔化すことは許されない雰囲気になって、居心地が悪くなった美風はグラスを弄りながらも、ミナトの気持ちに応えようと、美風なりに真剣に答えた 「辞めれない、僕、セックス中毒なんだ」 「…どうして、そう思うの?」 「だって、だってドラッグ以外で現実逃避するには…セックスしかないんだもん」 まるで子供が言い訳をするような口調で美風は語る そんな美風の言葉を聞いてミナトは顔を歪めると、グラスを弄る美風の手を取った 「どうして、現実逃避するの?」 「…それは…」 「聞かせて欲しい、美風のこと。お願い」 ミナトは美風の目を真っ直ぐ見ていた 逸らせない。そう思った時には美風は全てを話していた 美風の初めてを奪ったのは知らないおじさんだったこと、友達からいじめられ、親からも虐待を受けていたこと、実の兄に、強姦されたこと 普段ならこんな話はしない だが美風は話してしまった それはアルコールのせいか、はたまた相手がミナトだったからなのかは、わからない ミナトはそんな淡々と紡がれる美風の過去を黙って聞いていた 「兄さんのことは、結構慕ってたって言うかさ。信じてたんだけど、最後にあんなことされちゃって、家出したんだ」 「そっか…」 「それからいろんなとこ転々として、酒も薬も全部やった。早く忘れたくてさ」 「薬は今も?」 「まさか!悪いことはすぐに辞めたよ。僕は自由になりたいだけで、廃人にはなりたくないし」 そう言って笑うと、ミナトは安心したように顔を緩めた 「そっか、ごめんね。何も知らないのに、勝手なこと言って」 「謝んないでよ。心配してくれてんのはわかってるから。それに僕も、いつまでもこのままじゃいちゃだめだってわかってるんだけどね」 美風は何杯目かもわからないグラスを飲み干して続けた 「愛せないんだ、人のこと。愛されるのも怖い。でもセックスはしたい、これってわがままだよね」 「そんなことない、そんなことないよ…」 気づけばミナトは泣いていた 美風のことをまるで自分のことのように、悲しんでくれるミナトはとても純粋なのだろう そんなミナトを見てチクリと胸が痛んだ こんなに自分を思ってくれるのに、美風自身は何も返せない 愛してやれない 悔しさからなのか、罪悪感からなのか、気づけばミナトの唇に自分の唇を重ねていた 触れ合うだけのキスはすぐに離れ、唇から温もりが消え、少し名残惜しくも思う キスをされたミナトは驚いたのか、キョトンとした顔をしていたが、かわりに涙は止んでいた それを見た美風は、嬉しく思い、クシャッとミナトの頭を撫でた 「ちょっ、え、何、ああ!せっかく髪セットしたのにっ」 「ありがとう、ミナト」 困惑するミナトに、美風はお礼を言って笑って見せた 途端にボッとミナトの顔が赤くなる 今日はかなり恥ずかしいところを暴かれてしまった これはその仕返しだ 美風は意地悪く笑うと、ミナトはさらに慌てふためいていた 「さて、そろそろでよっか」 「う…はぃ…」 顔の熱を取るためにパタパタと手で仰ぐミナトを連れて店を出る 外はもう暗い 美風はよい頃合いだと思い解散しようとしたが、ミナトはそうではなかったようだ 「ねぇ、ミカ。今日ミカん家行ってもいい?」 「え?」 「もっと…一緒にいたい」 ミナトは美風の服の袖を軽く引き、まるでおねだりするように言われ、驚いた これは、どういうことだ? 誘われてる。そういうことでいいのだろうか 今まで普通の"友達として"遊ぶことはあったが、今のミナトの顔を見る限り、そういうことではないだろう 悶々と考えるも、美風はあまりに可愛くおねだりされては断れるはずもない 「ホテルもあるけど、どうする?」 「ううん。ミカん家がいい…じゃないと、やだ」 まるで駄々をこねるように言われてしまい美風は唸る 断らなければ そうした方が、美風にとっても、ミナトにとってもいいことだ だがそうしたくない自分がいる 美風自身も困惑していた これを受けてしまえば、もう元の関係には戻れない 友達ではなく、客になってしまう そう頭ではわかっているのに、実際に口からでたのは全く真逆のことだった 「いいよ、おいで」

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