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第47話 喜び

「ボロくてごめんね。どうぞ上がって」 「お、お邪魔します」 美風の家は安いアパートで外は小汚いが、中は案外生活するにはちょうどいい清潔さがあった とはいえ、美風もほぼここには帰ることは少なく、ただ寝るだけになっているので、狭い空間のはずなのに、一つの布団しかないためか異様に広く見える 部屋に入るや否や、美風はミナトの唇にキスをする 隙間を割って入ってくる舌に、ミナトは目を見開いたが、すぐに順応しさらに舌を絡めてきた お互いの口から涎が垂れようがお構いなしに2人は必死に口付けをする やけに防音が整ったこの部屋では、周りの音は一切なく、ぴちゃぴちゃと水音だけが響いていた 「はあ…みかさ」 「本当に僕でいいの?僕は君に、何もしてあげられないのに…」 「うん。美風がいい。ずっと、ずっと探してたんだ」 今度はミナトから強く唇を押し付けられる まだ形にもならないぎこちないキスだったが、今の美風にはそれが何より心地よかった 気づけば2人は一枚の薄い布団の上に横たわっていた 下に美風が寝そべり、上にミナトが覆い被さるような体制だ 「んっ、もぅ、挿れて」 「でもまだ…」 「だいじょうぶ、んっ、だからっ」 美風は自身の中に入っていたミナトの指をそっと引き抜くと、代わりにミナトの勃ち上がったそれを当てがった 我慢できないというように急かす美風に対し、ミナトは初めての経験に緊張しており、それによって手も微かに震えていた ミナトにとって、美風は幼き頃の恩人で憧れだ あの日公園で声をかけてくれた日から、たった一つの生徒手帳だけを頼りに7年も探してきた きっと美風は大したことないと言うだろうが、少なくともミナトの心はあれで救われた そんな大切な人をこの身で傷つけてしまわないかと不安になっていた 震える手を見た美風は、微笑みながら強張るミナトの顔を両手で包み込む 「怖くないから、おいで?」 「…っ」 その言葉がまるでスイッチのようにミナトは美風の中を深く突いた 美風は歓喜に似た喘ぎを発しながら体をビクッビクッと震わせた ミナトは見たことのない美風のそんな姿に喜びを感じた ミナトの目はこれまでの欲情に満ちた目をした男達とは違い、キラキラと光っていて、まだまだ幼い少年の目 この後に及んでもなお、ミナトの瞳は汚れることなく綺麗なままで真っ直ぐ美風を見つめていた カチリと目が合うと、まるで神秘的なものを見ているような気になり、彼の瞳に吸い込まれそうになる 自分の姿を見られたくないと思ってしまった 彼の視界にこんな汚いものを映していいのだろうかと、罪悪感を覚えたのだ 気づけば美風の目からは涙が溢れ出していた 「!?ごめん!痛かった…?」 「うっ、うぅ…ひっく…」 美風の涙を見て、ミナトは痛かったのだろうと勘違いし、慌てて中から抜こうとしたところを、美風は腰に足を巻きつけてガッチリ固定した セックスに快楽以外の喜びを感じたのは初めてだった 今はまだ、その喜びに浸っていたかった 泣いたままの美風をどうすればいいのかわからないといったミナトは、困惑しながらも美風を優しく抱きしめ頭を撫でてくれた 幼少期以来のその優しいぬくもりが、美風にとって何よりも嬉しいものだった 何度か果てた後、2人は何もない床の上で寝転がっていた もはや布団は使い物にならないほど汚れていた 「布団びちゃびちゃ。寝れないね」 「いいよ、雑魚寝で。明日洗濯しないとなー」 仰向けに寝転がりながら、ポツポツと会話を交わした後、静かな沈黙はあれど2人の気分はそれほど悪くなかった もうすぐ夜もふける 今更寝るには遅すぎる時間帯だが、美風の隣からは小さな寝息が聞こえてきた 美風はそんな幼い少年の寝顔を見ながら小さく呟くように言う 「ありがとミナト。僕、がんばるね」 あまりに小さなそれは、隣で寝ている彼の寝息と共に消えてしまうほどだったが、きっと彼には届いているはずだ そんな思いを馳せて、美風も目を閉じた ————————————————— 「へぇ、面白い組み合わせだね」 後ろから聞こえて来た声はアルコールで少し上擦った聞き慣れた声だった 「りょーすけさん」 振り向き名前を呼んでやると、男は嬉しそうに笑いながら、美風の隣に許可もなく座ってくる 今美風がいるのは巷で人気の洒落たバーの隅でミナトと2人で飲んでいたところだ あの日から1週間 最近は客と会う頻度を減らし、代わりにミナトと一緒にいる時間の方が多くなった もちろん響や悠雅とも会っていないし、元から距離を置こうと思っていたのでちょうどよかった 客から金を貰えず財布の中は寂しくなる一方だったが、対象に美風の心は満たされていた それもこれも全てミナトのおかげだと今では思う 彼と一緒にいる時間は誰と比べることのできないくらい居心地がよく、ミナトの時間が許す限り、美風はミナトにべったりだった そして今日も美風から飲みの誘いを出し、ミナトに付き合ってもらっている、といった状態だ 「ミカ、この人、前にも話してたよね。"お客さん"?」 「うーん。お友達、悪い人じゃないよ」 亮介の反対側に座るミナトはコソコソと耳打ちして美風に聞いてくるが、対して美風は普段通りの声量でそれに答えた 「どーもっ。ミカの友達の亮介です!りょーちゃんって呼んでいいよ!」 「はあ、どうも」 人懐こく亮介は手を差し出し握手を求めるが、ミナトは微妙な顔をしながら握手を受け入れる

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