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第49話 悠雅視点
目覚めるとベッドには美風の姿はなかった
知ってはいたが、いざ起きて隣にいないとなると、あまりいい気持ちはしない
どうせなら立ち上がれないくらいぐちゃぐちゃにしてやればよかっただろうか
いや、やめておこう
これ以上嫌われてしまっては困る
ただでさえ避けられているというのに、また逃げられてしまえば次はいつ会えるかわからない
今はギリギリ繋がった関係を断ち切られないようにするのがやっとだ
絶対に焦ってはいけない
ゆっくりじっくり、確実に捉えるのだ
美風がいなくなった部屋にいる意味はもうない
身支度を済ませて家を出ると、車に乗り込み発進する
待ち合わせに遅刻すると彼は不機嫌になるから、少し早く着くくらいがいい
しばらく走って目的地につくと、助手席側から彼が乗り込んでくる
どうやら悠雅よりも先についていたらしい彼は不機嫌気味で言った
「遅い」
「悪い、出遅れた」
「早く出して、見られる」
彼は目深に帽子を被り、顔にはマスクをつけてもなお周りを気にしているようで、早速悠雅に車を出すよう催促してきた
悠雅は何も言わずに車を発進させる
向かうのは彼の自宅だ
しばらく沈黙の中で走っていたが、大通りに出たタイミングで隣に座る彼が話し出した
「お前さぁ、俺になんか隠してない?」
「…何を」
「新宿に引っ越したらしいな、なんで?」
「別に、仕事場があそこから近いからだが」
「美風を見つけた。とか」
「まさか」
彼に疑われ、なるべく平然と答えたつもりだが、内心は冷や汗が止まらなかった
美風に会っていることを彼が知ったら、何がなんでも美風を捕えようとするだろう
美風のためにも、それだけは避けたかった
「ふーん…ま、いいや。どうせあとちょっとで会えるから」
「美風の居場所がわかったのか?」
「場所はわかる。けど寸でのとこでパッと消えるんだ。まるで誰かに隠されてるみたいにね」
彼は窓の外に向けていた視線を再び悠雅に向ける
スッと細められた目は蛇のように鋭く、獲物を前に噛みつく勢いだ
「いったい、誰のせいなんだろうね?」
「………」
細められた目は蛇のように鋭く、獲物を前に噛みつくかのような威圧感を放っている
探るように言われた言葉は悠雅に向けられたものなのか、はたまたただの独り言か
「ここでいい、降ろせ」
「ああ」
結局何も言わない悠雅に痺れを切らしたのか、急に興味がなくなった子供のように再び窓の外に目を向けた彼は、何を見つけたのか突然降ろすよう言った
唐突な彼の欲求に狼狽えることなく、悠雅は適当なところで止まって彼を降ろした
車を出る前、彼は帽子をもう一度目深に被り直す
「これが最後の忠告だ、隠し通せると思うなよ。あの子は絶対に見つけ出す」
「どうするつもりだ…恭冴」
「あの子には俺以外いらない。そうだろ?」
そう言って恭冴は暗い夜道に消えていった
彼がいなくなったことで張り詰めていた空気は幾分かマシになった
悠雅は一息吐いてからまた走り出す
なかなか帰る気になれず、今度は目的地などなく、ふらふらとそこらを走って考え事をしていた
恭冴は、悠雅が美風と会っていることに気づいているだろう
それでもあの余裕っぷりは、美風を捕える手立てがあるからだ
恭冴は美風の双子の兄だ
幼い頃はそっくりだった彼らも、時が経つと似ているところが少なくなっていき、身長差もあるおかげで今では見間違えることはなくなった
ただ性格にはお互い共通する面影があり、そんなときはやはり兄弟なのだと実感する
違うところと言えば、恭冴は昔から美風に執着しており、それは今でも変わらない
俺もあいつも、もう無知で無力な子供じゃない
恭冴が美風を見つけ出すのは簡単だ
自由を求め逃げ出した鳥が、再び檻に閉じ込められてはあまりにも可哀想だ
守ってあげなければ
そう思うのは必然に近かった
あいつから美風を守るには、美風を遠くへ逃がすことが最善だが、そう簡単に恭冴が逃がしてくれるはずがない
やはり美風にこのことを伝えるべきなのか
だがこれを伝えれば美風はきっと、悠雅が恭冴に告げ口したのではないかと疑うはずだ
それが怖くて悠雅はいまだに伝えられずにいる
嫌われたくない
その思いがいつも悠雅の邪魔をするのだ
美風に初めて会ったのは、小学生の頃
いつも兄の恭冴に引っ付いており、恭冴が他の生徒と喋っている間は1人で本を読んでいた
最初こそ冴えない奴だと思っていただけだった
だがしだいに美風に対して苛立ちを覚えていった
ボロボロの服に伸ばし切った前髪、いつも俯きがちで自信なさげなのに、いつまでも恭冴に付き纏うのが、子供ながらに邪魔な存在だと思うようになった
当時悠雅は恭冴が好きだった
それがより彼を邪魔に思う気持ちと重なったのだろう
少し一緒にいれば手が出ることも増え、恭冴の見ていないところで美風をいじめることが多くなった
別にそこまで追い詰めるつもりもなかった
少し懲らしめてやれば、と、出来心のようなものだった
だが美風は殴ろうが蹴ろうが泣きもせずヘラヘラと笑って逃げ回る
冴えない彼を少し脅してやれば泣いて許しを乞うと思っていた悠雅は、普段とは似つかない彼の姿に驚きと、思い通りにいかない気持ちで苛立ちが増していった
そんな悠雅をよそに美風はまるで、哀れなものを見るような視線に、殴られても気にしていないような態度だった
その様がまるで馬鹿にされているようで、少しのはずがずるずると中学までいじめは続いた
怖がればいいのに、泣けばいいのに
悠雅だけが焦っているようで嫌な気分だった
それでも彼は
「だって僕、悠雅君のこと好きだもん」
おかしな奴だと思った
だがなぜかその言葉で心臓の奥が疼いた
その時から悠雅と美風の関係はどんどんおかしくなっていた
最終的には誘いに耐えきれず、気づけば美風に覆い被さっていた
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