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第50話 悠雅視点2
「んあっ…あぅ」
動くたびに腰をくねらせる美風の姿は、普段の様子からは想像ができないもので、彼が湿った前髪を掻き上げた時に、初めて美風の顔をはっきり見ることができた
2人はそっくりではあるのだが、タレ目がちな恭冴に対し、美風は吊り目がちで、黒い瞳がより大きく見えた
そして目や頬には痛々しい痣があり、赤黒く肌が変色していた
それはもちろん顔だけでなく、シャツの間から覗く体の端々にも同じようなものがある
自分がつけたものか、はたまた他の誰かがつけたその傷に、多少の同情と同時に、再び何かが心臓の奥を疼かせた
ガリガリで骨が浮き出た青白い肌についた痣は、まるで満開に咲き誇った花のように見えた
この花を全部摘み取れば、下には本当の美風の皮膚があるはずだ
そうなれば、どれほど白く滑らかなものなのだろうか
見たい
探したい
本当の彼を
無意識にそんなことを考えていた
帰り際、美風はポツポツと呟くように教えてくれた
知らない男にレイプされたことを、まるで他人事のように話す美風にどう言う反応をしていいかわからず、黙って聞いているしかなかった
何か慰めの言葉の一つや二つ出ただろうに悠雅はそうはしなかった
美風が知らない男に抱かれていたことも驚いたが、それよりも自分が初めてじゃないという事実に頭がいっぱいだった
だから美風の言葉に相槌一つ打てなかった
今でもそれを後悔している
後ろを振り向けば美風はすぐそこにいたはずなのに、あの日以降美風は忽然と姿を消した
家出の原因などイジメに虐待と山ほどある
美風の両親も、いらなかったものが綺麗さっぱりなくなってスッキリしたというように、とくに捜索はせず、家でも学校でも美風の存在はすぐに薄れていき、意外にも早く皆日常に戻って行った
2人を除いては
美風がいなくなって1年が過ぎた頃、引っ越してもう関わることのなくなった恭冴から突然メールが届いた
『取引しよう。美風を見つけ出せたら、お前にも会わせてやる』
要約するとそんな内容だった
彼らが引越した後も、悠雅は無意識に美風を探していた
それはいなくなった原因が自分だということの罪悪感からきた行動だと当時は思っていた
恭冴はそれに気づいていて、こんなメールを送ってきたのだろう
美風をいじめていたことが周りにバレた時、怒られると思っていたが、軽く叱られる程度で済んだのは、美風の親があまり関心がなかったからであろう
だが恭冴だけはやはり怒っていた
怒っていたと言うよりも、異様に悠雅に罪悪感を抱かせようとしていた
「お前のせいだ」
などと、かつて悠雅が美風に対して言った言葉が今頃になって跳ね返ってきたように恭冴に言われた
前の悠雅であれば、そんなこと恭冴に言われた暁には、やれ嫌われたくないだの、離れたくないだのと思っただろう
でもそうはならなかったのは、悠雅の意識は別のものに向いていたからだった
あの時から美風の姿が頭から離れない
汗ばむ前髪から覗く目は妙に大人びていて、それでいてどこか幼なげだった
美風は今どこにいるだろうか。生きているだろうか
そんな焦燥と、罪悪感を抱きながらの生活は7年に渡って続いた
高校に入る時にはもう自分の気持ちを理解していた
だから恭冴と協力して美風がどこにいるのか本格的に探し始めた
恭冴の方は俳優業が忙しいらしく、表立っては美風の捜索はしないが、裏で手に入れた情報を悠雅に流して、その痕跡を悠雅が追うといった生活が続いた
とはいえ高校生となると流石に限度があり、それほど大きな進展もなく、どことなく恭冴も本気で探しているようには見えなかった
おそらく恭冴は美風が自ら自分の元に戻ってくることを信じているのだろう
そう確信していた
「満足したらきっと戻ってくるよ。あの子は俺がいないと駄目だから」
「もし帰ってこなかったら?」
「もちろん連れ戻すさ。でも、今はまだ自由にしてあげてもいいかな」
恭冴はきっと鼻から美風の居場所など知っていたのだろう
だがすぐに連れ戻しはしなかった
その様子はまるで美風を泳がせて、その時になれば喰らいつく準備をしているように見えた
一度捕まれば、もう逃げることはできないだろう
だから恭冴よりも先に美風に接触を測った
久しぶりに見た彼は雰囲気がかなり変わっていた
ボサボサだった髪は切り揃えられ、毛先を染めており服装も華やかで、遠目から見れば女の子と見間違えてしまうほどだった
だが、性格や特徴的な声はそのままで、すぐに美風だとわかった
悠雅の正体に気づいた美風は警戒してなかなか会ってくれないが、それでもいいと思えるほど、久しぶりに会えて嬉しかった
許してもらおうなど思わないが、子供とは言え残酷なことをしていた
イジメのことも、一度の過ちのことも謝ろうとしたが美風が止めた
美風は過去の話をするたびに苦々しく顔を歪める
思い出したくないのか、ただ単に話したくないだけか、避けているのは確かだった
美風の嫌がることはしたくない
それなのに話せる共通の話題が他になく、いつも会話は弾まない
こんなはずじゃなかった。話したいことは7年の間考えていたはずなのに、どう話せばいいのかわからない
美風の周りにはもっと仲の良い奴がいて、悠雅といるよりよっぽど楽しいはずだ
そのことから誰かに取られてしまうのではないかという焦りも相まってまた空回りする
自分もソファでゆっくり語りながら夜を共にしたい
そう思っても次の日の朝はベッドの上から始まり、隣にいるはずの美風も、温もりも残らないほど早く出ていくため朝も会話はできない
どうにかして距離を縮めたいという本音を理性で抑えるのに必死だった
近づきすぎは駄目。離れすぎも駄目。
彼は猫のように気難しく、手懐けるにはハードルが高すぎる
長いこと車で走っていたが、いつの間にか自宅に辿り着いており、仕方なく家に帰る
扉を開けても間抜けの殻で、誰1人いない広いリビングを通り、寝室にてベッドに倒れる
何をするにも気力が出ず、着替えることもしないまま、そのまま眠りに落ちていった
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