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第51話 不穏

「俺だって、美風を大事に思ってるんだよ…」 「あはははっ!ちょっ、飲みすぎっしょひびきさぁん!」 目の前にはベロベロに酔っ払った響がグラスを揺らす様子を見て、何が面白いのか亮介が爆笑しながら手を叩く 「いったいどうしてこうなった…」 それは今から2時間ほど前にさかのぼる 「いきなりなんすか?嫌がってんだから突っかかってくんなよ」 「あなたには関係ないでしょう」 「とりあえずさ、場所移動しない?ここ人多いし」 手を離そうとしない響と、今にも噛みつきそうな亮介に呆れた美風はこのままではいけないと思い、2人を連れて適当な居酒屋に入った 正直なところ美風は早く2件目に行きたかったのが本音だ 2人の言い争いをつまみに、酔いが覚める前に自分だけ酒を飲めればいいと思っていた たが酒が進むにつれてそれが間違った選択だということに気づいた 先程までいがみ合っていた2人は、今やジョッキを片手に共通の美風の話で盛り上がっている そういえば亮介さんはコミュ力おばけなんだった 直前のミナトの反応を見ていたからか、そのことをすっかり忘れていた美風は、2人から目を逸らすようにグラスを仰いで一気に中身を飲み切るが、目の前に自分よりも酔っている人がいると、自分の酔いは冷めてしまうのが現状である メソメソと弱音を吐く響と、それをケラケラ笑う亮介の姿を見てはうんざりしていた そして今に至る 「なんだよ響さんめっちゃいい人じゃーん。最初は雰囲気怖かったから騙されたわ」 「君こそ、チャラチャラしてるけど案外話がわかるんだね。見た目で判断しちゃいけないね」 「そんなそんな!俺なんてめっちゃ怪しいんで。夜にサングラつけてるしっ!」 それ、自分で気づいてるんだったらなぜ外さないんだ? 美風を置いて盛り上がる2人に心の中でツッコミを入れるが、表情は固まったままだった そりゃ喧嘩されるよかマシだけど、これはこれで面倒臭い 店内もざわついており盛り上がる2人が特別目立つわけではないが、なんせ話の内容がどうも気に食わないのだ 「美風はすぐどっか行くし、話も聞かないくせに、いつの間にかスンッと戻ってきて」 「わかる〜、あ知ってます?最近ミカちゃんに友達ができて、その子にベッタリなんすよ。だから連絡つかなかったんすわ」 「友達?」 「ちょっと、なんで勝手に言うの」 黙って聞いていれば、亮介はペラペラと勝手に美風のことを話しだし、それを咎めても別にいいじゃん、と口を尖らせる 「友達って誰?俺が知ってる子?」 「…別に、関係ないじゃん」 「知ってます?そこの通りの新しいバー。そこでバイトしてる男の子ですよ」 「ちょっと!」 「あー、あの子!いい子そうだったよね。今度挨拶しに行こうかな」 「絶対やめて」 美風のことなどまるで空気のように扱う2人にため息をつきながらも、目の前に次々運ばれるアルコールに罪はないので、勢いでゴクゴクと飲み込んでいった せめて腹いせに飲みまくって会計を高くしよう ああでも、この2人は金持ちだから関係ないのか… ぼーっとそんなことを考えながら飲んでいたが、流石に飲みすぎたのか、おもむろに響きが立ち上がる 「ちょっと、お手洗いに行ってきます」 「どーぞ遠慮なく!」 ふらふらと歩く響を、亮介は笑顔で見送ると、待ってましたと言わんばかりに美風の方を見やった 「いやぁ、響さんいい人じゃん!ミカちゃんの話聞いてたからもっと気難しい人だと思ってたけど。なんで嫌いなん?」 「めんどくさいんだよ、いろいろ。しつこいしお節介だし」 「でもミカちゃんを思ってのことでしょ?」 「僕は気にされるのが1番嫌いなの…。貸し作るのも作られるのもいやだ」 「ふーん、俺にはよくわかんないけど」 亮介の言葉にふるふると首をふるが、納得いかないのか亮介の方は浮かない顔をしながらも、美風を無理に否定しない亮介に美風が言った 「どっちかって言うと亮介さんの方がやりやすくて良い。変に気使わないし、ちょうどいいから」 「それは告白みたいだけど、俺のこと好きってことでおっけ?」 「…まあ、嫌いじゃないよ」 「へぇー?」 だんだんといい感じに酒が入った美風は話しやすくなったおかげで普段なら言わない本音を言うが、対する亮介はそんな美風をうすら笑いを浮かべながらじっと見ていた 「じゃあさ、美風」 「…なあに」 「俺と一緒に、来る?」 「え?」 そんな言葉を聞いて美風はパッと顔を上げると、目の前の亮介と目が合った 先程まで酔っ払っていたはずの亮介の表情は、口は笑っているのに瞳は冷め切っていて、いつものおちゃらけた彼の雰囲気は少しも無くなっていた 今までに見たことない顔は、妙に無機質で、少し怖かった 「行くってつまり…」 「お待たせ。何話してたの?」 「あっお帰りなさい響さん、次何頼みます?」 「いや、俺はもういいよ。混んできたしそろそろ出よっか」 「それもそっすね!」 亮介に聞き返そうとしたタイミングで、響が帰ってくる 反動で響を見てしまったが、直ぐに亮介に目線を戻すと、先ほどの危うげな顔つきは綺麗さっぱりなくなり、いつもの亮介に戻っていた 唖然とする美風を、響が店を出るよう促した時にやっと正気に戻ったが、やはり先の異様な雰囲気を放つ亮介の顔が頭にこびりついて離れなかった 「この後2人はえっと…どこか行くの?」 「いえいえ!元々飲むだけの予定だったので今日は解散で」 「えっ、ちょっと亮介さん…」 「またねミカちゃん!今度は2人で飲み行こね」 そう言って亮介は帰ろうとするが、そうだ、と思い出したように戻ってくると、響に聞こえないように美風に耳打ちをしてきた 「さっきの話、冗談じゃないから」 「え、ちょ、ちょっと!」 「あ、危ないよ美風。ここは人が多いから」 そういうと今度こそ去っていく亮介を止めようと慌てて追いかけたが、人とぶつかりそうになったところを響に肩を捕まれ阻止された 少し目を離した隙に、亮介の姿は人混みに消えていき一瞬で見えなくなった ため息をつく美風の顔を響は覗くき、 「たくさん飲んだから今日はもう帰ろっか」 と半ば強引に響の家まで連れて帰られた タクシーに乗ってる間も、亮介のあの表情を思い出しては、酔っていたからそう見えただけ、と首をふるのを2、3回繰り返した 「あの亮介って人と、あんまり関わんない方がいいかも」 数時間前にミナトに言われた言葉が頭をよぎる あの一瞬だけで判断することは困難だが、どうにもあの雰囲気が気がかりだった 嫌な予感がする なぜ自分はあの一瞬をここまで気にしているのかわからないまま、結局酒のせいだと忘れることにした この行動が後に自分を後悔させると、今の美風には想像もつかなかった

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