52 / 65

第52話 急変

『もう連絡してこないで欲しい』 ある日、そんなメールがミナトから届いた あまりの突然なことに驚きながらも、美風は急いでミナトが働くバーへと向かった オーナーに聞いてみてもミナトの行方は知らないの一点張りでまるでわからず、さらに焦った美風はいろんなところを探し回った 初めて遊んだカラオケも、飲み屋も全部探したがもれなくハズレだった そのうち大雨が降ってきても、彼の身に何かあったのかと考えると居ても立っても居られなくなり、大粒の雨に濡れながら街中を走り回った それでも1人ではやはり限界があり、迷った挙句響の家に来てインターホンを押した 「美風!?どうしたのそんなびしょ濡れで」 「ミナトが、いなくなって、はぁっ、探すの手伝って欲しい…」 「ミナトって…とりあえず中入って」 響は美風を家にあげると、ふわふわのタオルで美風を包み込む でも美風はそんなことしている場合ではないと、響に車を出してくれるようお願いした 「こんなびしょ濡れのままじゃ、風邪引いちゃうよ」 「そんなことより!ミナトを探さなきゃ、メッセージも電話も繋がらないし、どこにもいない」 「それって、美風がミナト君に嫌われたんじゃなくて?」 「違う!ミナトはそんなんじゃない…」 もちろんその説は1番最初に考えたことだ だが少し前までは毎日のように一緒にいたし、ミナトから誘われることもあった 亮介さんと話している時は、あんなにわかりやすい態度をとっていたのだから、もし美風に気に入らないところがあったのなら、自ら誘うようなことはしないだろう ただ思い当たる端がある それは1週間ほど前からのことで、そのあたりからミナトの様子がおかしかったのだ ミナトはどこにいてもキョロキョロと辺りを気にして上の空で、まるで何かを警戒しているようだった もちろん美風もミナトにどうしたのかと尋ねたが、なんでもないと言われてしまえばそれまでだった あの時もっと問い詰めればよかったと、今更ながらに後悔する 「ミナトは可愛いからストーカーとか誘拐とか人身売買とか…」 「ちょっ、ちょっと待って落ち着いて!まだ決まったわけじゃないんだから。とりあえず、連絡が来るまで待ってみようよ。メールが来たのは今日なんでしょ?気づいてないって可能性は、」 「ない。ミナトはいつも僕にはすぐ返事くれし、きっと何かあったんだ」 「何かって、例えば何が」 響は理解できないといった顔をしていた たった1日音信不通になっただけで大袈裟だと言いたげだ それこそ美風は1週間も連絡を無視するなど当たり前のようにあるというのに、自分がされた途端にこの有様だ 響の気持ちが少しわかった気がする 大切な人が目の前からいきなり消えれば、慌てふためくのも当然の話だ 軽く反省はしつつも今はのんびりしている時間はない 響と一緒に車で行ったのはミナトと行ったことのある思い出の場所 数々の店を回ったがやはりいない 最終的に、またミナトのバイト先であるバーに戻っていた そのときには辺りは暗くなり、人通りも少なくなるほど時間が経っていた 響も暇ではない これ以上付き合わせてしまうのは流石に申し訳ないと思い、美風は帰るよう伝えたが、響は断った 「心配なんでしょ?手伝わせてよ」 「うん…そうだけど…」 響の言葉に俯いたまま歯切れ悪く返す美風 実はもう美風はミナトは見つからないかもしれないと諦めかけていた こんなに探しているのに見当たらないし、連絡も一向に返ってこない 勢いで飛び出してしまったが、ミナトが美風に会ってくれない理由を、ミナトを探している間も悶々と考えていた 嫌いになった?めんどくさくなった? ミナトはそんなこと思わないと美風は考えていたが、本当にそうだろうか 誰しも急に嫌気が差すことだってあるだろう 今まで我慢して、突然縁を切るなんて自分が散々やってきたことじゃないか そう思うと美風のミナトへ対しての気持ちが激減していく 今更会いに行ったって拒絶されてしまうかもしれないのに、無理に会おうなんて向こうにも迷惑だ 「…帰ろ、響さん…」 「いいの?俺のこと気にしてるんなら」 「もう、いいや…もう、どうでもいい」 美風はそう吐き捨てると車に向かって歩き出したその時 「行た!ミカちゃん!やあっと見つけた!」 声がした方に顔を向けると、手を振りながら全速力で走ってくる亮介の姿があった 「亮介さん?」 「はあっ…は、探したよお、アパートにいないし、電話も繋がらないし」 「あ…ごめん、全然見てなかった」 ミナトの返信にばかり目を向けていたせいか、亮介の通知に全く気づかなかったようだ とは言えこんな時になんのようなのだろうと亮介を見ると、彼の手には雨に湿ってくしゃくしゃになった紙切れが握られていた 「今朝俺んとこに届いてて、多分渡せって意味なんだろうけど」 亮介は紙を広げて美風に渡す 紙が濡れないように美風の頭上に響が傘をかざした 渡された紙はどうやら手紙のようで、おそらくミナトが書いたであろう文字が並んでいた いきなりですみません 突然ですが、僕はここから離れなければならなくなりました。この手紙はしばらく経ってから美風に渡すようお願いします 美風、急でごめん。 おとといお爺ちゃんが亡くなって、親戚に引き取られることになって、もうここにはいられない。 遠くに行っちゃうからもう美風とも会えない。ごめん。 仲良くしてくれてありがとう。 どうかお元気で そう綴られていた 美風はこれを見て、崩れ落ちそうになる体をなんとか踏ん張らせた よかった。嫌われたわけじゃなくて でも、手紙じゃなくて直接会って言ってくれればいいのに 美風はくしゃりと手紙を握る どうしてそんなに大事なことを、僕に話してくれなかったのか ましてやこんな紙切れに、たったこれだけの文で、許されるとでも思っているのか まだ、さよならも言えていないのに まだ、行きたいこともやりたいこともたくさんあるのに 目頭が熱くなって、顔に熱が溜まる 勝手にいなくなったミナトへの怒りと、悲しみとで内心ごちゃごちゃだ やっと心安らぐ場所を見つけたのに、こんなすぐに無くしてしまうなど、ひどく辛い 期待させといて、気が済めばほったらかしなのか ミナトは満足したの?それでよかったの? 僕はまだまだ一緒にいたかったのに 「…ばかぁ…」 美風はくしゃくしゃになった紙に顔を埋め、しゃがみこんでしまう 降り続けていた雨は、さらに追い詰めるように激しさを増していた 「もーいつまで拗ねてんの?元気だせって」 「そうだよ美風。俺がついてるじゃないか」 「響さんじゃ頼りにならなそっすね」 「はあ?君こそチャラチャラしてるだけじゃないか」 やいやいと美風を挟んで言い合う2人 慰めるのか喧嘩するのかどっちかにしてくれ ミナトがいなくなって数週間が過ぎた 美風の生活はすでに日常に戻りつつあった 客に抱かれ、金を巻き取り、時々こうして響と亮介と飲みに行き、謎の慰め会が始まる。退屈で平坦な毎日だ。 ミナトに出会う前に戻ったと言うだけなのに、美風の心にはぽっかり穴が空いたような寂しさが残った その穴の埋め方がわからない美風を気遣って、2人は下手にフォローを入れるが、あまり長くは続かない 「…もう帰る」 「俺の家くる?まだお酒あるよ」 「俺ん家も空いてるよー。どっちがいい?」 「いい、帰る、1人にして」 2人は元気のない美風を心配するものの、踏み込みすぎず程よい距離感を保ってくれている 響など前までは意地でも家に連れ帰っていたのに、最近は空気を読んでかあまりしつこくない ありがたいと思う一方、それが当たり前なのだと苦言を言いたくなるが、それを言う気力さえなかった 「美風、ご飯は食べてね。また誘うから」 「そんなに心配しなくて大丈夫だってば、僕はもう平気だから」 美風はそう言ってみるが、響と亮介は納得のいかない顔をしていた そんなに元気がないように見えるだろうか 美風は家に帰るが、何もする気にならず布団に倒れるように寝転がる ミナトがいる時は毎日遊びに誘っていたのに、ミナトがいない今、空白の時間ばかりご増えてぼーっと過ごすことが多くなった お腹が減ったから何か食べなくちゃ、 ああ、でも動きたくない 美風の意識はゆっくりと沈んでいった  

ともだちにシェアしよう!