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第53話 嵐の前の

「お腹すいた…」 すっかり日付が変わったあたりで目を覚ますと、お腹がきゅぅっと音を出した 何もする気はないが、ちゃんと食べなさいと響に言われたばかりなので、何か食べなければ のそっと起き上がり冷蔵庫を覗くがもちろん何もなく、コンビニに何か買いに行こうと外に出た だが扉を開けた玄関の目前に人影を見つけて、出るのを躊躇した 背丈は高くおそらく男。ここはアパートなので美風以外の人物を待っているのかもしれないが、じっと佇む人影の目線は、美風を見ているようだった 今は出ないほうがいいだろうか 深夜は人通りが少ないし、何かあってからでは遅いだろうし、やはりやめておこうか と、思っていると警戒しなかなか出てこない美風に、あろうことか人影は近づいてきたのだ どう考えたって美風の方に向かってきている 気づいた美風は慌てて扉を閉めようとしたが、人影が出した声に反応して手を止めた 「美風」 「…悠雅くん?何してんのこんなところで」 美風は閉めかけていた扉を再び開けるとそこには確かに悠雅の姿があったのだが、いつもより疲れているように見えた 「どこ行こうとしたの?」 「え?あ、お腹空いたからちょっとコンビニに」 「こんな時間に危ないよ。俺も一緒に行くよ」 「そんな子供じゃあるまいし、って、ちょっと!」 それにしてもこんな時間に、こんな場所で、一体何をしていたんだろうと思い悠雅に聞いてみたが、華麗にスルーされる と思いきやいきなり手を引かれ連れ出されると、悠雅はコンビニとは真反対の方向へ歩き始めた 「ちょっと、コンビニあっちだけど」 「車あるから」 「いやそんな歩いたほうが早いって。ねぇ聞いてる!?」 美風の言葉もお構いなしに悠雅はずんずんと歩き出す 大股に歩く悠雅の腕の引く力に負けて、車の中にほぼ押し込まれるように入れられた 「それで、本当にコンビニ連れて行く気あんの?」 「ない。俺ん家行こう」 「そうだと思ったよ」 美風の呆れ顔を見てから悠雅は車を発進させる 彼の横暴さには今更慣れたし、どうせ家にいても暇だから、別にいいのだが 「なんか元気ない?」 「…そんなことないよ。普通だよ」 「ふーん」 悠雅は運転しながらもチラチラと美風を探るように見てくる ちゃんと前見て運転してほしいものだ 「あの男の子がいなくなったから落ち込んでんの?」 「…なんで知ってんの。ストーカーみたい」 「………」 否定しないってことはまさか本当にストーカーしてたのか? 前もこんなことがあった気がするが、悠雅くんってもしかしてストーカー気質なのだろうか 美風はデジャブを感じ黙り込む悠雅を睨み見るが、こういう時は真っ直ぐ前を向いて運転してるのだから、腹の立つ奴である 「和食?洋食?」 「なんでもいいけど、もう遅い時間だからなぁ…悠雅くんが作んの?」 「ああ、嫌か?」 「うーん別に」 家につくと悠雅はキッチンに立ち美風はソファに座らせられた 相変わらずふかふかのソファは居心地がよくて、マンションの上層階だから自動車や人の喋り声などもしない アパートだと壁も薄いし、住人の足音だって響くのだから物音で起きることはあった でもそれはそれで落ち着くと言うか、こうも静かなところにいるとやはり寂しくなってしまう もしかしたら悠雅も寂しいのかもしれない だからこうやって無理にでも美風を連れてくるのだろうか だとしても、兄を誘えばいいだろうになぜ僕なんだ 彼の考えてることはよくわからない 「できたけど。眠い?」 「ん、大丈夫」 あまりにも静かなものだからついうとうとしてしまったが、悠雅の声にハッとして慌てて起き上がる 目の前にコトッと置かれたのは、ホカホカと湯気を立てる野菜が入ったお茶漬けで、香りを嗅ぐと先ほどの眠気が嘘のように吹き飛び、代わりに腹の虫がぐぅっとなった 「おいしそっ。いただきます」 「どうぞ。夜食といえばお茶漬けだろ」 「わかる。でも意外、悠雅くん料理とかすんだ」 「お茶漬けなんて誰でもできるけどな。でもまあ、俺んとこ片親だったし、料理は得意」 「ああそっか、そうだったね。懐かしい」 そういえば彼は父親がいないということをすっかり忘れていたな 悠雅の母親はとても明るい人で、運動会では両働で親のいない美風達に、3人で食べなさいと、大きなお弁当を持ってきてくれていた 今思えば悠雅の母もパートなどで忙しいはずだったのに、運動会や授業参観はしっかり来てくれていたのだから、彼女は悠雅を愛していたんだろう いいなぁ 何度か思うことがあったが口にはしなかった 羨ましがっては次が気まずくなるから 可哀想な目で見られるのが嫌いな美風と恭冴は強がりで悠雅の母親に冷たくしていたが、それでも優してくれる彼女は親の鑑だった 悠雅の素行の悪さはきっと父親譲りだ そうに違いない 「ごちそうさま。美味しかったよ」 「どうも。風呂入れば?お湯沸かしてるから」 「ん。でも着替えない」 「あるけど」 「…うわぁ、ピッタリなんだけど…引く…」 渡された下着は新品の、いつも美風が使っているサイズピッタリのもので、寝間着もあきらかに悠雅のものではないものを渡される 言ったこともないのになんで僕の下着のサイズ知ってんだろ…。 まあこんなこと響さんから散々経験したので今更驚かないが ぶつぶつ文句を言いながらも美風は風呂に入る 久しぶりの湯船はとても気持ち良くて、満腹なこともあってか先ほどの眠気が襲ってきたが、そこをなんとか耐えてのぼせる前に湯から上がった 「気持ちよかった〜」 「それはよかったな」 お風呂上がりには悠雅が冷たい牛乳を用意してくれて、それを飲みながらしばらく話していると、急に悠雅は真剣な面持ちになった 「美風、大事な話が、あるんだけど…」 「ん?なになに、怖い顔して」 「…俺と一緒に、逃げないか?」

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