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第58話 異変
———————恭冴視点———————
突然、美風の監視役の人間と連絡が取れなくなった
その時は放棄されたんだろうと、軽く流して別の者を送ったが、そいつとも連絡が途絶えた
短期間で2人となると恭冴も怪しいと思い、自ら美風の様子を見に行くことにした
実は恭冴はかなり前から美風の居場所を突き止めていた
今まで知らぬふりをしていたのは、美風が外で生きることを望んだからだ
美風が選んだ道にとやかく言う筋合いは恭冴にはないことはわかっていた
それでも辛くなってもし、恭冴を頼らなければならない時のために、存在がわかるよう俳優を始めたのだ
もっとも美風が恭冴を頼ることはないに等しいのだろうが
美風が住むのは新宿にあるボロいアパート
美風はよく家賃を滞納しているようだが、時々ここに来てはバレないように恭冴が不足分を払うようにしていた
それ以外は絶対に美風に干渉しないと決めていた
遠い場所で美風を見守るべく、日々を過ごしていた
だが、最近は何かがおかしい
美風に何かあった時のために、監視を置いているが、そいつらがすぐに行方不明になる
それは恭冴も同じで美風を探そうとしても、まるで何かに拒まれるように近づけない
しまいには美風の友人が行方不明になったと知らせが入った
こんなに短期間で何人も人がいなくなるなど、偶然ではないだろう
美風の周りで何か起こっている
それに気づいてすぐ、恭冴は美風を保護することに決めた
このような形で再び美風と関わることになるなど望んでいなかったが、今はただ美風の無事が1番だ
何かに阻まれ悠雅に邪魔をされながらも、なんとか美風を連れ帰ることができた
問題が解決するまで美風は部屋に監禁するしかないが、それで美風に嫌われたとしても、悔いてはいけない
美風は部屋に入れられ暴れたが、しばらくすれば大人しくなった
それも逃げるために何か企んでいるのだろうと知っていたが、この部屋は完璧だ
美風1人で逃げることはないだろう
美風を保護して2週間ほどすると悠雅が嗅ぎつけて何かと突っかかってくるようになった
「美風はどこだ」
「うるさいな。大きな声を出すな」
「いや、美風の居場所を言わないなら俺はしつこくお前を追うぞ」
「はぁ、あんたはほんと、能天気で羨ましい」
恭冴ははあっとため息を吐く
この頃疲れが溜まっている
美風の周りで起こっていることを調べなければならないのに、このデカブツの相手もしないといけないのか
恭冴は頭痛に顔を歪め、机に肘をつき俯いた
その前の席に悠雅は許可なく座った
「美風はお前のおもちゃじゃない。なあ、頼むから解放してやれ」
「おもちゃ?はっ、俺がそんな生半可な気持ちだって言うのか?」
恭冴は悠雅の言葉に俯きがちに彼の顔を睨んだ
いつにも増して機嫌の悪い恭冴の声は、さすがの悠雅も怖気付くほどだった
恭冴と悠雅なら、力が強いのは悠雅のほうだ。負けるはずがない
それでも悠雅を怖気付かせる程の圧を恭冴は持ち合わせていた
他人を従わせる素質があるところは、美風と恭冴の共通点だ
悠雅はつくづくこの双子には敵わないのだと実感する
だが、今日は後退るわけにはいかない
「恭冴の気持ちもわかるが、それを美風に押し付けるのはやめようって、お互い話しただろ」
「お前にわかられたくない。一緒にするな気色悪い」
恭冴は適当にあしらいながらアイスコーヒーを一口飲み込んだ
そんな腹立たしい態度も、どこか有無を言わせない雰囲気があった
「なあ、恭冴、俺は…」
「黙れ、そういうのいらない」
恭冴はどうでもよさそうに悠雅の言葉を遮るように言った
「…でもまあ、お前には話してやる」
恭冴は俯いていた顔を上げると、悠雅にそう言った
なんのことかわからず、悠雅は首を傾げた
「ヤクザだと?」
「声がでかい」
「わ、悪い。だがどういうことだ?美風の周りでヤクザうろついてるって」
「まだハッキリしたわけじゃない。新宿なんてそういうのばっかだから、調べるのに行き詰まってる」
調査に人を出してもすぐに連絡が取れなくなる中、わかったことは美風がよく行くバー。ミナトという青年がバイトとして雇われている店に何度かヤクザが出入りしていることがわかった
その目的が美風なのか、はたまた別のものかはわからないが、実際にそこで働いていたミナトが急に姿を消したのだ
美風に危害があってからでは遅い
いったいそのヤクザは何が目的なのかわかるまで美風を外に出すわけにはいかない
「美風にはそのこと話したのか?」
「美風はミナトをとても大事にしてる。彼にヤクザが絡んでいると知ったら、1人でも乗り込んで行くだろ。余計な不安要素を増やしたくない」
「そうか…」
今度はその話を聞いて悠雅が俯く
彼はどこか葛藤した様子だった
大方、この話を美風に知らせるべきかそうでないかを考えているのだろうが、先も言った通り、恭冴は美風に知らせる気はない
「一応人は送ってるけど、その子が無事か保証はない。見つけるのは難しい」
そう言うと悠雅は開けかけた口を閉ざし黙る
しかめられた顔からは諦めと、悔しさが滲み出ていた
「俺にできることは」
「ない。邪魔するな。それだけ」
恭冴はぶっきらぼうに言いながら立ち上がると、飲みかけのアイスコーヒーを悠雅に押し付けると店を出た
悠雅は目の前に置かれた黒い液体に映る自分の顔を見て、ため息をついてからアイスコーヒーを飲み干した
コーヒーは氷が溶けてすでにぬるく、味も薄まっていて、美味しくはなかった
「どう、まだ見つかんないの」
「無理ですね。完全に見失いました。すみません」
恭冴はその言葉を聞いて、不機嫌そうに手元のカフェラテのストローを咥えた
吸い込むとストローからズズズッと音がなり、中身がなくなったことに今気づいた
「飲み物買ってきて」
「またですか?さっき買ったばかりじゃないですか」
「喉が乾くんだ。水でもいいから早く」
「はぁ…」
恭冴に言われ、立ち上がるスーツの大男は恭冴のマネージャーだ
今日恭冴はドラマの収録に来ており、今は休憩時間だ
椅子の背もたれに背を預け、恭冴は目頭を揉みながら目を閉じる
ここは楽屋でマネージャーしかいないから、いつも完璧な恭冴の、だらしない姿を見られることはない
恭冴の様子を見て、マネージャーは心配そうに言った
「疲れてるんじゃ?最近詰め込み気味ですし。知ってますか?多飲症はストレスが原因なんですよ」
「いいから早く買ってこい」
「はいはい…まったく…」
目を閉じた中で、扉の開閉する音が聞こえ、彼が楽屋から出て行ったのだとわかった
部屋に一人きりになった恭冴は深い深呼吸を繰り返した
ああ、喉が渇く
恭冴はずいぶん前から、正確に言えば美風と離れてから多飲症を患っていた
原因はおそらくストレスだろうが、恭冴は自身には興味がなく、日常に支障がなければ治そうと思ったことはなかった
それに最近は美風といる時だけこの喉の渇きがなくなる
美風のそばは安心できるから、かなり症状が和らぐのだ
早く美風に会いたい
昨日は無理をさせてしまったから、今日はお詫びに高級寿司でも食べさせてやろう
美風は昔から玉子が好きだったから、玉子多めにしてあげよう
ブーッ、ブーッ…
誰もいない楽屋でそんなことを考えていると、机に置いていた恭冴のスマホの音が響く
その相手が先ほど出て行ったマネージャーだと思った恭冴は、目を開けると気怠げにスマホを取り通話ボタンを押した
「何」
『………』
「…?…もしもし?」
電話に出ても向こうから返事はこず、不思議に思いながらも、通信環境がよくないのだろうかと、もう一度声をかけた
しばらく返答がなかったため、イタズラ電話だと判断した恭冴は電話を切ろうとしたところで、画面の向こうからカチャカチャと音がし始めた
切ろうとした指を止め、その音を聞く、金属がぶつかりあうような音はどこか既視感を覚えた
そしてその音とともに、電話をかけた張本人であろう、男の声が聞こえてきたのだ
『酷いですねぇ、こんなところにミカちゃんを閉じ込めるなんて』
「…っ!?」
聞こえてきたのは男の声で、たしかにミカと言った
それを聞いた途端、恭冴はスマホを耳につけたまま固まった
ミカとは美風が客前で言う仮名であり、声の主も美風の客の1人だろう
だがなぜ一時の客が、美風が恭冴の元にいると知っているのだろうか
そして恭冴の電話番号はもちろん非公開で簡単にかけてこれるとは思わない
どう考えても一般人でも、イタズラで済む程度でもない
「お前…誰だ?」
『ははっ怖いなぁ』
「誰だと聞いてるんだ」
恭冴は唸るように低い声で言った
スマホを握る手は怒りか、焦りかで震えていた
一方画面側の男は愉快そうに、声を弾ませる
恭冴の問いに答えることはせず、男は続けた
『最近コソコソつけ回ってるみたいですけど、アレやめてくださいね?こっちだっていろいろあるんですからぁ』
「…」
男が話す間もカチャカチャという音は続く
どこかで聞いたことあるような音
しかも最近聞いたことのある音
金属製で軽い鎖が揺れるような音
ふと、ハッとするように思い出す
『持って帰りますね?』
それに気づいた途端、見計らったように男が言った
そして恭冴は楽屋から飛び出した
恭冴の勘違いじゃなければあの音は美風に繋がった足枷の音だ
電話越しでよくわからないが、もしそうなのだとしたら、美風が危ない
「瀬川!車出せ!」
「ええ!?どこ行くんです?この後の撮影は…」
「そんなのいい!早くっ!!」
エレベーターを待つ時間も惜しく、階段で下まで降りると、コーヒーカップを持ったマネージャーを見つけ、彼に叫ぶと悩んだ末に恭冴の後を追ってきた
エンジンがかかりできる限りのスピードで自宅に向かう
焦った様子の恭冴を見て、マネージャーも緊迫し始める
恭冴はただただ美風が無事であることを願った
自宅に着き車が止まる前にドアを開け外に飛び出た
玄関を引くと鍵がかかったままだったが、美風の無事が確認できるまで気が抜けない
急いで鍵を開け自宅に入ると一目散に美風のいる地下に向かった
階段を転げ落ちるように降りると、頑丈な鍵のついた扉を勢いよく開けた
バンッと大きな音を立てて、部屋に響き渡った
「うわぁっ!?び、びっくりした…どうしたの…?」
ベッドを見やると美風はそこにいた
美風は先程まで絵本を漁っていたようで、何冊か重なったものがそこらにあった
慌てた恭冴を見て、美風は驚いたように目を見開いている
その様子を見ても、どうやら美風は誰かと接触していた様子もない
恭冴は安心した
だが、次にまた別の胸騒ぎがしてくる
一緒に来たはずのマネージャーが来ない
慌てていた恭冴は玄関の鍵も、監禁部屋の鍵も開けっぱなしだ
「兄さん?」
そして何も知らない美風が恭冴を見上げる
美風が動くたびになる鎖の音は電話越しに聞いた音と少し異なるが、寄せていたことは確かだった
これは、罠だ
気づいた時にはもう遅く、後ろから首筋に押し付けられた硬いものから、針を刺すような痛みを感じた
恭冴は痛みに耐えきれず、倒れ込む
意識を手放す前に、美風の表情が見えた
美風の目線は恭冴の後ろを見ており、恐怖よりも驚きが勝ったような顔をしていた
「〜〜〜〜!」
美風は男の名前のようなものを叫んでいた
こいつと知り合いなのだろうか
キーンっと強い耳鳴りの中では、その声は聞き取りにくい
ぼやけた視界で、美風の口元を辿るのがやっとだった
いったい、そこにいるのは、誰なんだ?
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