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第59話 決意

「うわぁっ!?び、びっくりした…どうしたの…?」 いつものように白い部屋で暇を持て余していると、酷く慌てた様子の恭冴が、大きな音を立ててドアの向こうから現れた あまりの大きな音に驚き、美風は持っていた本を落とす 長い間暇な美風は、とうとう子供用の絵本を積み木のように積んで遊んでいたのだが、驚いた拍子に肘があたり、一つの山がバラバラと倒れて行った 「はっはぁ、はっ…」 「兄さん?」 よほど急いでいたのか、扉の前で荒い息をしながら立ち尽くす恭冴の姿を美風は不思議そうに見つめた こんなに焦っている姿を見るのは初めてだった 兄はいつも余裕そうに微笑んで、腕を組む姿がデフォルトだったが、汗をかいている兄もなかなか映えるものだ 顔がいいからだろうか 「美風っ!無事っ?怪我は?」 「ええ?…いや、えなに?」 恭冴は美風に近づき、顔をペタペタ触り、時には右へ左へ首を動かされ、まるで生存安否を確認するようにされ美風は困惑する いったいどうしたと言うのだ 美風はいつも通りここで大人しく待っていたというのに何をそんなに急いているのか と、思いながら恭冴のされるがままになっていると突然、恭冴の背後に人影が現れた 「ぐっ—————!!」 「兄さん!」 美風が人影に反応するよりも前に、恭冴が苦しげな声をあげ、そのまま気絶し倒れてしまった 見ると人影の手元には何かが握られており、先端からはバチッバチッと、電気が放たれており、どこかで見た光景だ まずい、このままじゃ僕も… なにがなんだかわからない美風は、とにかく逃げないと、という気持ちになったが、人影は兄をまたぎ美風に近づいてきた 反射でバッと人影の顔を見上げた瞬間、逃げようとしていた美風の動きが止まった 背の高い人影は美風を見下ろすような体制で、顔ははっきり見えなかったが、近くでよく見てみると、この人影の正体がわかった それは美風のよく知る、サングラスをかけた顔だった 「りょ、亮介さん!?」 「やっほ!迎えに来たよ!」 彼の名前を呼ぶと嬉しそうに返事をするが、美風はわけがわからなかった 「とりま行こ!美風のお兄さん起きちゃう」 「なに、なになにこれどういうこと!?」 亮介さんは手に持っていたスタンガンを放り投げると、ポッケから取り出したペンチで美風の足首に繋がる鎖をパチンと切ると、そのまま美風を小脇に抱えて、部屋から飛び出した あまりの急展開に追いつけず、美風はされるがまま運ばれた 倒れた兄の姿を最後に、美風は亮介さんに抱えられ部屋を出る 監禁部屋は地下にあり、地上に出ると案外普通の一軒家といった内装だった だがどこか違和感がある ここがどこだか知っている気がする 遠い昔に住んでいたあの家のような だがそれも一瞬で通り過ぎ、亮介さんは急ぎ足で玄関を潜った 久しぶりの外の日差しがとても眩しく感じた美風は、目を細めていると、遠くで誰かが倒れているのを見つけた それは前に恭冴に連れ去られた際、悠雅にスタンガンを向けた、スーツの男だった おそらく先ほど亮介さんが持っていたスタンガンは彼の懐から取ったものをそのまま使ったんだろう どうやって、スーツの男を気絶させたのかは、考えたくもないが 亮介さんは美風を抱えたまま、すぐ近くに止まっていた車に美風を助手席へ乗せ、自分は運転席に乗り込んだ 「うわーハラハラした」 「ちょっと、なんでここに亮介さんがいるの?」 「助けに来たんだよ、美風がいないって、響さんがわんわんきゃんきゃんと…」 亮介さんはうんざりという風に言ったが、その表情はどこか楽しげだった それは美風を安心させるためのものか、この状況を純粋に楽しんでいるのか 亮介さんならどちらもありえそうだ ブォンっと音を立てて勢いよく車が発進する とにかくここを離れたいということなのだろう 焦った様子はないが、車のスピードはいつもより早い気がした 「どうしてここだってわかったの?」 「んー?内緒。美風が心配で本気出しちゃった」 「心配って…そうは見えないけど」 「いやいやホントだよ?どんだけ探し回ったと思ってんのさ」 亮介さんはハンドルを回しながら横目で美風を見た 「さて、本題だけど、これからどうする?お兄さんから逃げられたわけだけど」 「そうだね…助けてくれたのはありがたいんだけど、もう一度兄さんと話したい、かも」 「本気で言ってる?あいつは美風を2ヶ月も監禁したんだよ?」 「に、2ヶ月!?そんなに時間が経ってたなんて」 美風は驚愕のあまり固まった 美風のいた部屋は時間がわからなかったが、美風の感覚で1週間、長くて2週間ほどだと思っていた 実際はその倍以上の時間が過ぎていたらしい 「前に俺が言ったこと、覚えてる?」 「え、えっと、亮介さんと一緒に行くって?」 「そう、俺と一緒に海外行くの。向こうならお兄さんの追っては付かない」 亮介さんはいきなり真剣な面持ちで行ってくる それでも美風は兄をこのまま放っておけないと思った 監禁されている間に見た兄の姿は本物だった 完璧なのにどこか寂しげで、いつも美風を1番に思っていた人と、今離れてしまっては美風はきっと後悔するだろう 「でも、だけど今じゃない気がする。兄さんとしっかり話し合わないと僕は…」 「話すって何を?」 美風はそう言われて黙り込む 兄は美風を2ヶ月も閉じ込めていたのだ それもその間、何度も出してくれるよう頼んだのに、出せない、の一点張りで理由さえ教えて貰えなかった いつまで続くのか それすらも兄は答えなかった もし亮介さんが助けに来てくれなかったら2ヶ月どころではなく、死ぬまであそこにいたかもしれないと思うと、背筋が凍った そんな人と話をしたって、まともに会話ができるだろうか 恭冴は美風が外に出ることを望んでいない それは紛れもない事実 今更恭冴の元に戻るなど、自殺行為だ またあそこに閉じ込められて終わりだろう 亮介さんはそう思っているのだ いつもおちゃらけている人がこんな風に真面目に話しているところを見ると、妙な信憑性がある まるで自分の言っていることが間違っているような、相手が正しいと思い知らされるような。 もしかして美風は兄に閉じ込められている間に頭がおかしくなってしまったのだろうか だって前の美風だったら亮介さんと同じ意見のはずだ 自分から兄に会いに行くなんて、ありえないことだった でも、だけど、兄を放っておきたくない この機を逃してしまったら、分かり合えるはずのものが無かったことになってしまうかも そんなの悲しいじゃないか 「…考えておくよ」 迷いに迷った挙げ句、美風はそう言った それを聞いた亮介さんはとても嬉しそうに笑った 「時間ないから早めにね?」 「でもその前に一度兄さんに会いたい」 「本当にいいの?何があっても知らないよ?」 「亮介さんが守ってくれるでしょ。ね?お願いだからさ」 美風は助手席から亮介さんを見やる 亮介さんは相変わらずサングラスをしていて目元が見えないが、雰囲気からして迷っているようだった 美風を恭冴の元へ戻すか否か 彼にとって恭冴は危険人物以外の何者でもない とてもじゃないが、正気だとは思えない人間の前に、のこのこと美風を差し出していいものか 美風と同じように、亮介さんは迷っていた 「…わかったよ、美風の頼みなら、仕方ないよな」 「ありがとう。海外云々はまた後で話そう」 「絶対やめた方がいいと思うけど、うーん、まあ美風が言うんなら」 亮介さんはとてつもなく不服そうに言うが、彼なりに美風を心配してくれているのだ それは美風自身もわかっている だからこそ、兄としっかり話さなければいけない 7年にも及ぶ兄弟喧嘩に、決着をつけなければならない 美風の意志は固く、今までよりも深く兄を感じた 亮介さんは車をUターンさせて恭冴がいる場所に引き返す 恭冴はスタンガンの影響でそう簡単に動くことはできないはずだ 美風は車が止まるとゆっくりと地下に向かう その後を亮介さんが心配そうに着いてくるが、美風はそれを止めた ここからは兄弟2人だけの秘密の会話だ 2人以外は入ってはいけない 「待ってて」 「えぇ?大丈夫なの?」 「いいから、僕を信じて」 少し強気で言うと亮介さんは渋々といった感じでその場にとどまった 美風の後ろ姿が地下へと吸い込まれていく その後を亮介さんは物言いたげに見つめていた

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