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その後の話
美風から電話があってから、悠雅はすぐに恭冴の元に向かった
瀬川から連絡を貰い、指定された場所に行くと、そこにはごく普通の一軒家が立っていた
中に入り恭冴を探すと、彼は部屋のすみで頭を抱えてうずくまっていた
その部屋は妙に子供っぽい
他の部屋も見て回ったが、ひたすら美風の隠し撮りが壁に貼られた部屋や、どこにあるかもわからない監視カメラの中身を写すモニタールーム
暗い底へ続く謎の地下室
すべてが不気味だった
いろいろ気になったが、とにかく恭冴が気になったため声をかけることにした
「おい、恭冴、お前大丈夫か?」
「…かれた…」
「なんだ?」
「美風が、連れてかれた!」
肩を揺すりそう聞くと、恭冴はいきなり乱心気味に叫んだ
「連れてかれたって…美風は最後に俺に電話してきたんだ。あいつは自分で出ていくと言っていたんだ」
「違う!美風は騙されてるんだ。早く見つけてあげないと…取り戻さないと…っ!」
「おい恭冴落ち着けって、なあ!美風は自分の意思でいなくなったんだ」
「違う、違うんだ美風は…」
突然立ち上がり部屋から出て行こうとする恭冴を、悠雅は止めるが、恭冴は取り乱した様子でいつもの冷静な彼とはかけ離れていた
「なあ、現実見ろって…美風は俺たちを見放したんだ」
「そんなはず…美風は、美風は俺を…」
恭冴の目は終点が合わず空を彷徨っている
あきらかに正常じゃない恭冴は悠雅の言葉に、うわ言のように違う、違うんだ、と繰り返していた
「すみません来てもらっちゃって」
「いえ…」
「見ての通りだいぶ精神やられちゃってますから、今は放置でいいですよ」
「まあ、その方がいいんでしょうが…」
瀬川にそう言われて、気にはしながらも、恭冴がいる部屋を後にした
恭冴はまだうわ言を言っていた
このまま放置して何かしでかさないか心配だが、その時は瀬川に頼むことにしよう
「顔は見ましたか?」
「いえ、後ろからガッと殴られて、ポッケに入れていたスタンガンを奪われて首に押し付けられてから、記憶がありませんね」
「痛かったですか?」
「…痛かったです。」
「何か俺に言うことないんですか」
「…すみませんでした、この前貴方にスタンガンを当てたりして」
瀬川を詰めると彼は悔しそうに謝ってきた
謝罪する人の態度には到底見えないが、悠雅は怒ることなく、フンっと鼻を鳴らして終わった
その仕草が返って相手の癪に障ることもある
納得いかない様子の瀬川は眉を顰めるが、こんな話をしている場合じゃないと、本題を口にする
「それで、あの子を追うんですか?」
「それが…美風の周りで怪しい動きがあったのは確かです。俺も後から調べましたから」
「へぇ、そうですか」
「でも、最後に電話に出た美風は本物だった。美風の意思なら尊重するべきですが…俺にはわかりません」
「つまり?」
「…俺は美風を追うつもりは無いです。俺はともかく、恭冴は知りませんが」
「そうですか」
瀬川は妙に落ち着いていて、悠雅が言った言葉に深く頷いた
悠雅はそれを訝しげに見ていると、瀬川からその理由を話し始めた
「俺も可哀想だと思ってたんですよ。あんな狭い所に閉じ込められて。逃げない方がおかしいじゃないですか」
言いふりからして、意外にも瀬川は美風を心配していたようだった
彼もそれなりに考えていてくれたのだろう
そう関心する悠雅を他所に、瀬川は話を続ける
「実際、あの場所から逃げ出せるのであれば、ヤクザでもマフィアでも誰だって着いて行ってしまうものでしょう。…もう頼れるものがそれしかないんですから」
瀬川の言っていることは間違いない
悠雅達にとって、美風の周りを彷徨いていたヤクザは、美風の害でしかないと考えるが、美風は違う
美風にとって、あの場所から救い出してくれた人は誰であろうと救世主となってしまうだろう
それを利用したのか、はたまた本当に美風を救い出すヒーローだったのか
どちらもあり得るが、美風の選んだ道だ
できれば後者であってほしいと願う悠雅だったが、それを知る由はもうないだろう
「…美風は大丈夫だろうか………」
美風がいなくなってから約2年が経った
あんなことがあってからも、日常は目まぐるしくやってくる
悠雅はそれに順応することにしたが、恭冴の方はまだ立ち直れずにいるようだった
恭冴は美風を失ったショックが強かったのか、彼の生きる気力はなくなってしまった
2年前にすぐ俳優業を辞めて、例の一軒家に閉じこもり続けている
悠雅も放っておくことはできず、週に一度様子を見に行くが、彼は変わらず気を弱めたままだった
「…水を買ってこい」
「飲み過ぎだ、もうやめた方がいい」
「うるさい…喉が乾くんだ…」
彼はいつも通りあの子供部屋にいた
恭冴の周りにはいつも空のペットボトルが散乱し、それを片付けるのは悠雅の仕事だ
恭冴は頭を抑えて天井を見てばかり
相変わらず目には正気がなく、生きているとは到底思えないほどだった
「…はぁ………」
「…死にたいなんて言うなよ」
「死にたい…美風がいないなら、生きる意味なんて…」
恭冴の口から出る言葉は毎週同じ
喋りかければ死にたい、喋りかけなくても水を買ってこい。その繰り返し。
いい加減悠雅もおかしくなりそうだった
そんな時、突然にも機転は訪れる
「それ、何持ってるんだ?」
いつものように大量の飲料水を持って一軒家に行くと、恭冴は珍しく子供部屋から出て、リビングにいた
その手には謎の紙が握られており、気になった悠雅は恭冴に聞いた
「美風から、手紙が届いた」
恭冴は嬉しそうに言った
手紙のこともそうだが、もともとあまり笑う方ではない恭冴が、久しぶりに顔を綻ばせているのを見て、悠雅は驚いた
恭冴は悠雅に見せる気はないのか、自分の手から手紙を離そうとしないため、悠雅はそっと後ろから覗いて内容を見た
手紙の内容は、悠雅にはよくわからなかった
僕は、兄さんの証になれたでしょうか。
白紙の中にたった一行、それだけが書かれていた
悠雅は何かわからず首を傾げるが、恭冴はというと、この文字をまじまじと見て目を離さない
彼には理解できるのだろう
悠雅にはわからない、恭冴と美風、兄弟だけが理解できる手紙だった
悠雅はその事実に苛立ちを覚える
この2年、結局悠雅は美風を忘れらず、未だ美風に恋したままだ
実ることのなどないのだが、元々それを覚悟してきたことだ
7年も恋路を抱いた相手をそう簡単に忘れることはできないだろう
でも美風にとってはそうではない
悠雅なんてただの、一時の客としか思われていないんだろう
その理由として、恭冴に手紙がくるも、悠雅あてには絶対に来ない
悲しいが、それが全てだった
「…返事を書かなきゃ」
「住所が書いていない。どうするんだ?」
「どうもしない。美風に届かなくても、書かなきゃいけない」
そう言って恭冴はペンを持ちスラスラと紙に文字を書いていく
恭冴の手が止まることはなく、何枚も、何枚も紙が重なっていく
その時だけは、いつも手元に置いてあるはずのペットボトルがなくなっていた
悠雅はその様子を冷めた目で見ていた
羨ましい、腹立たしい
そう感じることはあるが、最後に美風にこいつの面倒を見るよう頼まれてしまったのだ
美風の頼みであれば、悠雅は従わなければならない
それが悠雅にできる唯一の償いの方法なのだ
「…はぁ…」
ペンの音が走る部屋に一つのため息が漏れたのだった
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