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$1.イカサマな日常③
駐輪場に自転車を置きしっかりと鍵をかけて2階まで階段を駆け上がる初人。家から職場のある空港までは自転車で20分の距離。いい運動になるし職場に申請してあるバス通勤、往復480円が浮くからと内緒で自転車通勤をしている。
『ただいまっ』
「おー、初人おかえり」
初人は父親の清一 と二人暮らし。市営住宅のアパートは小学生から住み始めたもう随分経つし、ここに住む人達ともみんな家族の様なもんだ。
『お父さんこれ見て!特上刺身パック、しかも二つ!』
リュックから高級刺身のパックを出すとそれを筆頭に食材や日用品などが次々と出てくる。いつも出勤時に財布とスマホだけを入れた大きなリュックは、帰宅する頃にはいつもパンパンになっているのはこのせい。
『ってかさ、いつものスーパー万引きGメン雇ってやんの。さすがにやりにくかったね』
「そうなのか?なんだよ、困ったな」
『だからしばらくは警戒した方がいいかもね』
「おっ?その状況でこれ盗ってきたのか?さすが初人!それでこそ俺の息子だ!」
髪をわしゃわしゃと犬の様に撫でると手を振り払って乱れた髪を直した初人。
『んも〜褒めてる場合じゃないって!ところでお父さんは?ハローワーク行った?』
「行ったけど希望にあう仕事はないって言われてな。もうちょっと都会まで出向くしかないかもな」
清一は交通誘導員の仕事を3ヶ月前に派遣切りにあい現在職探し中。しかしなかなか見つからず50代からの再就職は厳しいと現実を突きつけられている。
それでも初人の給料と盗んだもので何とか生活はやりくり出来ていたが、満足な暮らしからは程遠い。それでも田舎の2Kのアパートは窮屈でも知恵と根性で暮らす男二人の生活は幸せだった。
『お腹すいた?とりあえずご飯簡単なの作るよ』
そう言ってリュックの中の食材と冷蔵庫の余り食材で料理をし始めた初人。小学生の頃から学校の帰宅後は洗濯物や掃除、晩御飯の準備を全てこなして清一の帰りを待っていた。
《次のニュースです。従業員による窃盗事件の件でEVO Hotel &Resort は明日、社長自ら記者会見を行う方針です》
テレビから聞こえたニュースキャスターの声に野菜を切る手を止めてテレビを見る。会社の名前にピンときて気になっていると、続いてキャスターが事件の詳細を話し始めた。
《この事件は今年1月から4月までの間にホテル宿泊客より現金や腕時計などの金品が部屋から無くなったとの報告を数件受け、警視庁が窃盗事件として捜査した所このホテルで働く従業員、黒部祐一 被告が犯行を認め逮捕された事件です。》
清一は床にあぐらをかいて座るとテレビの音量を上げた。
「可哀想にな。ホテル側もたまったもんじゃねーよな。これじゃ信用ガタ落ちで客も来ねーよ」
『別に可哀想じゃないよ。捕まる方が悪い、捕まるなら最初っからやるなって話。それに雇う側もそうゆう人間って見抜けなかったわけじゃん』
「何だよ初人、今日は随分言うじゃねぇか。何かあったのか?」
『ううん。別にそう思ったから言ったただけ』
豪華な外観のホテルがテレビに映し出されて大勢の報道カメラがホテル前に集まっている。中から出て来た客にインタビューをしている映像が流れて、ふと昼間の黒スーツ集団が脳裏に浮かび"ざまあみろ"と内心思った初人は、お皿に盛り付けた料理を机に置く。
『さっそんな事はどうでもいいから早く食べよっ』
「おっ!今日もうまそうだなー」
働いて得たお金も盗んで得たお金も価値は一緒。この親子の食卓に並んでいるのはいつもそんな価値観の料理ばかりだ。
しかしそれを笑顔を食べる生活にもカウントダウンが始まっていた、、それも思いの外早いスピードで。
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