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$4.金は天下の回り物⑤

 果たして休暇と呼べる時間を過ごしたのはいつが最後だろう。父親の正吾が海外ホテル建設に力を入れ始めると、郁は国内の経営を20歳ほど歳の離れた優秀な幹部達と力を合わせて守ってきた。  若いってだけでなめられたくないと郁もがむしゃらに仕事をしてきた。周りからもある程度認めてもらえるようになったのも発言権が獲得できたついこの間のことだ。  「郁さん、準備が整いました」  「わかった。行く」  いつもよりピリピリした社内の廊下を大股で風を切るように歩く郁。"しばらく頼んだぞ"と一言だけ残しシンガポールに戻った父親の顔に泥を塗るようなことはできないと気合いは十分。  「それでは夏季経営会議を始めます」  田ノ上の一声で始まった役員会議。ホテルの経営は大抵いくつかの部門に分かれていて、それぞれに責任者がいる。  客室部門、レストラン部門、宴会・ウェディング部門、管理・営業部門など多岐にわたる。  夏はホテルの繁忙期。特にリゾート地にホテルを多く構えているEVOにとっては書き入れ時の時期。新しい宿泊プランや夏限定メニューやイベントなど毎年新しいものを取り入れている。  「それではまずは管理・営業部門からお願いします」  U字型に囲んだ机の前に大きなプロジェクターがあって各部門の責任者が順番に発表する。手元の資料を見ながら、プロジェクターに視線を注ぐ。 郁は客室部門の最高責任者。それだけではなく、次期社長候補として父親の背中を追いながら経営の勉強中。  前に立ちプレゼンを行う役員達もまた高学歴や留学経験などで多くの経験をした全く申し分ないメンバーが郁を取り囲んでいる。  「それでは次はレストラン部門お願いします」  キョロキョロと周りを見回すと一つ、ぽつんと空いた席。そこにいるはずの姿は見えなくて郁は呆れた顔で田ノ上を目配せをする。  「、、まだ来ていないようなので次のー…」  「すいません。遅れました」  そう言いながらコツコツと靴音立てて体勢を低くしながら会議室に入ってきた男は郁は目の前の椅子に座りネクタイを締め直した。  「大事な会議に遅刻とは随分と余裕な事で」  「申し訳ない。ちょっと野暮用がありまして」  「おいおい、野暮用(やぼよう)の意味がわかって言ってるか?役員会議より大事な野暮用とやらがあるなら聞いてみたいねぇ」  睨み合うように目を合わせる二人は、昔から顔を合わせればいつもこうだった。 郁が子供の頃からライバル視しているのが、まさに目の前にいる神崎 聖(かんざきせい)だ。聖の父親と郁の父親は兄弟でいわゆる二人は従兄弟同士。  お互い一人っ子同士仲良くさせたいと思っていた親の思いとは裏腹にいつも競いやっていた2人は大人になった今でも周りをいつもヒヤヒヤさせる。  1つ年下の聖はいつも弟のように何をするにも郁の後2番目の扱いだった。郁に比べて体も小さく華奢だった事で、何かあると郁が選ばれ前に立っていた幼少時代。  「まぁまぁ二人ともそれくらいにして。ちょうど聖くんの番だよ」  「すいません。うるさい犬が噛み付いてくるもんで」  「は?誰が犬だって!?」  周りの大人達も結局まだ大人になりきれてない二人を何とか1人前の経営者にするサポートをしている。いつもの光景にもう慣れてはいるが、社長の息子となればそう強くも言えない。  前に立ち顔を上げて全員の顔を眺め時間をかけて一息つく。そして映し出されたプロジェクターの画面に視線が集中する。  「父親に代わって私、神崎聖がレストラン部門の提案を発表致します。レストラン部門では去年同様に名の知れた一流のシェフとのコラボ料理を出し集客を考えています。ただし今年が去年と違うのは相場の価格の5割の値段で提供することです」  その言葉にすぐにざわめきが起こった。仮にも安いとは言えない値段設定は高級感を持たせるため。ホテルのイメージを損なわないメニューと価格はあえてそうしているもの。聖の発言に当たり前に質問が飛び交う。  「5割と言うのはいわゆる半額と言う解釈でいいのかな?」  「そうです」  「そうすると当たり前だが採算は取れず赤字になるとと思うがその辺はどう考えてるのかな?」  「もちろん、ただ闇雲に低価格でお客様を呼び込もうと思ってるわけではありません。安い=安っぽいではありません。秘策はあります」  

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