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$4.金は天下の回り物⑥
「先日起こった事件ですが、お気づきの通り完全に収束しておりません。わが社も社長、自ら謝罪会見を開き被害者宅などにも出向きできることを行いました。ただ未だににネット上での批判は止まっていません」
「今はその議論の時間ではないんだか」
郁がボソッと横槍 を入れると再び場の空気がピリピリとして目の前の水をゆっくりと飲む役員達。
「まぁ聞いてください。メディアやテレビでの報道ではもう取り沙汰されていません。騒いでいるのはネット上でありSNSなどを頻繁に利用する若い層の人たちです。つまり我がホテルを利用しない人たちによって噂は拡散されています」
「つまりどういうことかな?」
「結局はそういう人たちが面白おかしく事件に関連付けてSNSに書くことで観覧数を上げようとしているのです」
「なるほど。最近はホテルの根も葉もないでっち上げた噂も広まっているそうじゃないか」
「はい。でも僕はにそういう人を寄せ付けないのではなく逆にホテルに来てもらい当ホテルのサービスや環境、実際に体験して良さをわかってもらうのが目的です」
表情一つ変えずプロジェクターの画面を変えながら全員の問いかけに悠長に応えていく。しかしさすがにこの発言には全員が首をかしげた。
「ある意味。そういう人たちは、テレビCMや広告を出すより全然効果が高いのです」
「ほぉ。その発想は、若い者しか持ち合わせてないな。面白いかもしれない」
「我がホテルの接客サービスは国内最上級だと自信があります。実際体験すれば、誹謗中傷など書かなくなると確信しています」
「その発想は悪くないと思うけど、実際有名シェフを呼ぶにも今までと同じ食材を使うとなると大幅な赤字になるのは明らで、現実的ではない気がするがその辺はどうするつもりかな?」
「その点についても問題ありません」
ホテルのレストランで使われる食材のほとんどは、提携している生産者から直接仕入れる。ただ買い取るのは見た目の良いもの、形が整ったものみを厳選して仕入れる。そうではない食材たちは結局お金になることなく消えていくのがこれまでの現場だ。
聖はそういったものも全て買い取ると言う約束で、いつもより安い値段で仕入れられないかと自ら提携先の農家へ出向き交渉を行った。
「結局そうすることによって、今問題視されているフードロスの削減にもなりそれを大々的にアピールする事でホテルのイメージアップも期待できます」
「確かに。それはすごいな」
「ここ数日、そちらの農家に出向いていて今朝帰ってきたので遅れて申し訳ございませんでした」
「なるほど。そういうことだったのか」
そう言って役員一同は縦に頷きながら納得と感心したような顔で聖を見ていた。でももう一つの問題が残っている。そこへ郁は容赦なく切り込む。
「それはわかった。ではシェフの方はどうする?まさかシェフの方まで値切るつもりか?看板になるような人物を食材のようには扱う事は出来ないだろう」
「今回お願いするシェフにはもう声をかけて承諾を得ています。代官山に店を構える3つ星レストランのオーナーシェフ諸星康介 氏です」
一年待ちも当たり前の予約のとれないレストランでもちろん料理の腕前はピカイチ。その上独特の創作フレンチはアート作品のようで見るものを楽しませる、今大注目の若手シェフだ。ここにいる全員ももちろんその名前を知ってる。
「諸星氏とは、友人を介して紹介してもらい数ヶ月間、毎週お店に通いました。多忙な方ですからなかなか話する時間も少なかったですが、最終的にはこちらの意図を汲んでくれて了承して頂けました」
「ほぉ、、なるほど。つまり聖くんの熱意に打たれたわけだな」
「少し強引すぎたかもしれませんが、、それでもホテルの為ならと思いまして。他のシェフ同等の金額で良いとのことで引き受けて頂けました」
聖の持ち味はなんといっても自らの足で現場に出向くフットワークの軽さと密なコミュニケーションを図り信頼を得る。今回も直接何度も足しげく通い有名シェフをくどき落とした。
「これはすごくいい。大賛成だな」
「ありがとうございます。光栄です」
それからも各部門発表行い長い会議が終了した。ぞろぞろと会議室を後にする役員達の後でゆっくりと立ち上がった郁は、田ノ上とこの後のスケジュールを確認していた。そんな二人に聖は鞄を持って近づき声をかけた。
「田ノ上さん、お疲れさまでした」
「聖さん、お疲れさまでございました。素晴らしかったですよ」
「いやぁ初めて一人で考えた企画案だったから緊張しました。でも上手くいってよかったです」
「とても堂々としていて緊張してるようには見えなかったですよ」
「ありがとうございます」
笑顔で話をする二人の横で、少しイライラした様子の郁がポケットに手を入れてちらっと聖を見て立ち去ろうとした。
「そうだ郁、話があった。再来週の誕生日パーティーだけど今年も出席させてもらうよ」
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