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$4.金は天下の回り物⑩

 翌日午前5時。 外はまだ完全に夜が明けきっていない空の色。窓を開けて外の空気を吸い込んだ初人の顔は戦闘モードに切り替わった。  まだ鳥の声しか聞こえない庭には何の動きもなく時々外を気にしながら、計画表に目を通しながら、流れを頭に叩き込む。  明るくなってきた午前6半。警備数人の姿が見え中庭に動きが見え始めた。 夕日の話によると郁の泊まり視察には警備もついていく。最近は特にあの事件の一件でマスコミやらが接触してくる可能性がある為、増員しているらしい。   『動いた。警備は4人、、江口のおっちゃんはいないな』  鷹のような視力で鋭く偵察する初人。警備が減り、郁専用のシェフなど使用人の休みを取り 人手の少ない今日はまさに吉日と言えるだろう。  そして出てきたのは、大きなキャリーバックを引いた使用人数名。そして田ノ上と郁の姿も見えた。これを見ると、今日の家の不在は確実で変更はなさそうだと心の中でガッツポーズをした。  少し話し込んだ後2台に別れて車に乗り込む姿を見届け窓を閉めた。これに着替えるのも今日で最後と、まだ数日で蝶ネクタイ意外は綺麗な状態のままの制服に袖を通した。    「新見くんおはよう」  『おはようございます。今日もお願いします!』  そしていつもと表向きでは、いつもと変わらない1日が始まる。決まった持ち場でいつもの作業。清掃員と言うものは、毎日の景色や心情に特別な変化なんてものはない。こうやって同じ事こ繰り返しやることこそが正解だ。 それは空港清掃員時代、、いや子供の頃から父親の帰宅を待ちながら家事をこなしていた初人だからこそ分かる。  ただここにいる理由は違う。そんな日常を再び取り戻すためにやってきたんだ。  午前9時。仕事スタートからちょうど1時間が経った頃、初人は一つ目の行動に移った。    「松永さんすいません、ちょっとトイレに」  そう言って小走りで向かった先は数時間前にいた住み込みの建物内にある食堂。ちょうど他の持ち場の使用人たちが起きて準備をする時間だ。 初人がここに来た理由はもちろん計画の一つで無視できないある人間に会うため。  『ビンゴ!ジャスト9時。あいつに間違いない』  初人の目線の先には、手合わせ一礼してから茶碗を持って一人黙々と食べ始める男。ピシッと伸びた背筋は背もたれから離れていて、食べる所作も綺麗で品がある。  この男がおしゃべりの夕日から聞き出した、郁の部屋の清掃担当の日下眞(くさかしん)。見た目30代前半、誰がどこから見て分かりやすい真面目くんタイプできっと信頼も厚いからこそ担当を任されたんだろう。  "よしっ"と小さく気合を入れて彼の座るテーブルに近づいた。手に持ったのは犬達のリードやおもちゃのボール、餌を小分けに入れた袋だ。  『あっっっ、ッ!!』  声を出して日下の横で(つまず)く初人。もちろんこれは注目させるためのフリだ。その拍子に手に持っていた物が床に散らばる。  「大丈夫ですか!?」  『あっ、はい。すいません!』 初人は座っている日下の真横で落ちた物を拾い始める。それを見た日下も箸を置き椅子から降りて一緒に拾い始めた。    『あっ、なんだかすいません!』  「いえ」  初人は追加で優しさと誠実さも感じながら、隣のテーブルの下に体を入れて奥のボールを取ろうとしている日下の背中を見る。 "今がチャンス!"と体を上げて、テーブルの上の日下の食事中のお茶の中に何かを入れた初人。それはほんの一瞬の出来事だ。  「はい。これで全部拾えましたかね?」  『はい助かりました。お食事中にすいませでした』 そう言って拾った物をニコッとしながら渡して両手いっぱいの初人を上から下まで見た日下。  「、、初めて見る顔ですね。最近入られたんですか?」  『あー…えぇ、、まぁ』  「これは全部犬のですよね。あーここの番犬にのやつですか?じゃ野外担当のー…」  『あっ、急ぎますんで!ホントにありがとうございました』  彼には悪いが"今日ばかりは盗みの幇助(ほうじょ)してもらうよ"と言わんばかりの視線を向けてペコリと頭を下げその場を離れた。

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