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$4.金は天下の回り物⑬

 『あとは彼だけ。頼むから今日だけは真面目くんはやめてくれよ」  物陰に隠れながら郁の部屋に近づいていく。半開きのドアは清掃中の印。広すぎる部屋のせいか中から作業中の音や声すら聞こえず様子が分からない。  『もっと近づかないと無理か』 ドアの真横まで行き、アレの効き目が出るのを待つ。廊下にある防犯カメラは起動している様子はなく安心した。 初人はシャツの袖をめくって万が一を考え携帯の電源を切って電波をシャットアウトした。  『そろそろかな、、早く出て来いって』  息を潜めて呼吸の音すら無いほど気配を消してじっと耐える。初人にとっては窃盗なんて日常的で今更に緊張するほどでもないけれど、なかなか無い状況での行為に少し手に汗が滲む。 ふぅと息を吐いて頬を2回叩いて気合をいれた。  なかなか肝心の人物が部屋から姿を表さない。その一秒一秒がとても長く感じて落ち着かなくなって来た頃。 その時郁の部屋の大きなドアが動いて現れたのは間違いなく清掃担当の日下だ。  勢い良く飛び出すように出てきた日下の様子から薬の効きが見てとれる。朝食堂で草加の飲み物に入れたものは下剤。しかもかなり強力で即効性のあるものを選んだ。 まさに目の前の日下は腹痛と戦っていた。  『よしいいぞ。そのまま行け』  小さな声でボソリと言った初人の声が届いたかのように、日下は顔を歪めながらそのまま廊下を足早にトイレのある方向へ歩いていく、、と。 突然後ろを振り返りドアの方を見つめている。  どうやらドアの鍵を閉めていくか悩んでいるようだ。こんな状況下でもやはり律儀な日下は腹に手を当てながらも、もしもの事を考えている。来た道に一歩足を出すのはした日下。これは初人とってはかなりマズイ展開。 唾を飲んで祈るようにぶつぶつ呪文のように唱える初人。  『なんだよ、、頼むから戻んじゃねぇぞ。あっちいけ…あっちいけ……あっちいけ』  祈りが届いたのか日下は少し悩んだような表情しながら回れ右で振り返り走っていた。  ハラハラさせられたがどうにか日下をうまく部屋から出すことに成功した。後は戻ってくるまでの間に、目的のものを盗んで立ち去るだけだ。  そしてキョロキョロと顔を動かしながら誰もいない郁の部屋に侵入した。一度見た景色は忘れない、どこに何があったかどのような状態で置かれていたかすべて覚えている。  別にここにあるお宝自体が欲しいわけじゃない。初人に必要なのは父親を自由に出来るまとまったお金だけ。  多くを盗るつもりはない。  的はすでに一点に絞っている。

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