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$5.虎穴に入らずんば虎子を得ず④
短気で血の気の多いイメージ通りの出来事に特に驚きはなかったが、こんな日ぐらいまともに過ごして邪魔をしないでくれ。と言わんばかりについつい不満が顔と言葉に出てしまう。
『ホントどこまでお騒がせなお坊ちゃんなんだっての』
「郁さんこれでさらに分が悪くなるし、、しばらく外にも出られないんじゃなー…」
『はぁ!!ざけんなっそんな事になったら計画がっっ、、あ…っ……』
つい口走ってしまった初人の言葉を日下はしっかり聞いていて顔を合わせる。
「……計画?」
『えっとー…そのっあのー…あっ!その記者の思うつぼなんじゃないかって!きっと計画ですよっ、そうやってワザと手を出させるように仕向けた計画ですこれは!』
「あ〜そうゆう事ですか。まぁマスコミもこの家まで来る位しつこい人達ですから、郁さんも相当ストレス溜まってたみたいですしね……この日を休んでいる様子もないし。郁さん大丈夫ですかね!?」
本気で郁を心配しているように話し始める日下。少し様子を聞こうとしただけのはずが、なかなか面倒になってきた初人は急かすように言う。
『俺にはちょっと、、あのそれより時間大丈夫ですか?』
「あっそうだ!長話になってすいません!もう行かないと。それではこれお借りします、明日の朝には返しにきます」
『別に適当にドアノブにでもかけてもらえれば大丈夫ですよ。それじゃ』
軽く会釈をしたままパタンとドア閉めた。日下が去っていくのをドアスコープで確認して大きなため息がつい出てしまう。
『面倒くさ。どいつもこいつも。あーどうしたらいいんだよ。アイツが常に家に居たんじゃ盗むどころじゃねーじゃん』
上手くいかない苛立ちとタイムリミットへの焦りが募って、床を蹴ってそのまま大の字に寝転んだ。住み慣れた市営住宅には無い床の温かさはきっと高価な素材なんだろう。
だけど豪奢な生活なんて望んではいないし、初人にはかえって居心地は悪い。
一人ポツリとだだっ広い部屋の真ん中で呟いた。
『早く解放されたい、こんな生活』
◆◇◆◇◆
部屋に戻った郁は脱いだジャケットを椅子に投げるように掛けてネクタイを外した。後ろから一定の距離を取って続いて入ってきた田ノ上は、眼鏡のブリッジに触れてズレを直しながら車内でもただ黙って窓の外を見ていた郁にかける言葉を探している。
「郁さま。とりあえず現状相手の記者に怪我等の報告は来ておりませんし、、大事 にはならないかと」
『別に気になどしていない。どうせ大袈裟に騒いでいただけだ。それより親父には今回の事が耳に入らないように対処してくれ』
「かしこまりました。郁さま、、数日間は外へは出ず部屋での仕事に切り替えた方が良いかとー…」
『なぜだ?家の中で隠れていろと?』
「いえ!そういうわけでは、、ですが……』
『冗談だ。そうしよう……今の状況ではそれもやむ得ない」
そう言って椅子に座って背もたれに体を預け顔を上げ天井を見る。鋼のメンタルをした郁も珍しく疲れきった顔と少し弱気な言葉が出る。
「田ノ上、再来週のパーティーの招待客のリストはあるか?」
「えっ、はいありますがー…」
「今チェックしよう」
「ですが、、今日はもうこのまま」
「いや別のことを考えてた方が気が紛れる」
「あっはい。ではこちらを」
手にしたタブレットから招待客リストを表示させて郁に差し出す。ズラリと並ぶリストには名前や会社名、役職などが書かれていて全てチェックするだけでも時間と手間がかかる。
「確認しておくから一旦下がっていい」
「かしこまりました。ではお食事のご用意が出来次第伺います。失礼します」
部屋を出て行った田ノ上を横目で見ると郁は意識に目頭を指で押さえた。流石に連日の騒動や山の様な仕事に疲労もストレスもピークだった。
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