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$5.虎穴に入らずんば虎子を得ず⑥
郁の声は広い部屋を超えて廊下にも響いた。365日険しい顔をしているが冷静沈着で声を荒げる事は珍しい郁に田ノ上も驚く。
「郁さん、一体何がー…」
「相当な命知らずなバカがいるらしいな」
「……すぐ警備を呼びます」
引き出しにあるはずの腕時計が無くなっている事に田ノ上も気付きそう言って部屋を出ていった。
すぐに事情を聞いて駆けつけた江口と数人の警備達が駆け込むように部屋に入ってきた。そして郁の顔を見るとそこにいた全員が威圧感にたじろぐ。
「事情は聞きました。大事な時計がなくなったと、、」
「この部屋にはカメラがあるだろう。すぐに確認してくれ」
「あの郁さん一つ気になる事がありまして」
「何だ江口、言ってみろ」
「私ではなく新人のこいつからー…」
後ろからのそっと出てきた新人の警備の30代前半くらいの男は郁の前に立つと緊張と動揺で目が泳ぐいで落ち着きがない。
それを何も言わずじっと見つめる郁。
「えっと、5月から警備担当として入りましたた名ー…」
「名前などどうでもいい、本題に入れ」
「、、す、すいません!えっと今日なんですが警備室に気になる電話が、、ありまして」
「電話とは?」
郁に防犯カメラの業者を名乗る電話があったこと、その時の電話の内容や一連のやりとりの経緯を話した。
「なるほどな。犯人にまんまと騙されてご丁寧にカメラを全部停止したわけか」
「あっ、いやそのッ、……まだそれが犯人だと決まったわけではないですしっ」
「バカか。業者が来る前にそんな事言う訳ないだろ」
「……はい……すいません、、」
助けを求める視線を江口に送る新人にゆっくり近づいて目の前に立つ郁。ただでさえ緊張が張り詰める空気に合わせて、高長身の郁が目の前に立つと更に威圧感が増して目も合わせてられない。
「お前明日から来なくていい」
「えっ!そんなっ、、待って下さい!」
「警備する立場のお前が騙されてどうする、役立たずはここにはいらない。もっと大きなヘマをする前に消えてくれ」
「ッあのっ、何とか犯人を見つけます!少し時間をください」
容赦ない"クビ宣告"は使用人達の中でも時々目にする光景。その度に全員ビクビクし郁の顔色を伺いながら波風立てずに仕事している。
それは新人だからといって例外ではない。
どんな理由があっても一度言った事は撤回しない郁はもはや聞く耳はない。
「江口、しっかり教育してるのか?」
「申し訳ございません!」
鋭い視線は江口にも向けられる。警備の教育を任されている立場である以上覚悟はしているが、まずはなくなった時計を探し出すのが先決だ。
「必ず犯人を見つけ出します!」
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