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$6.誰もがみにくいアヒルの子

 何の進展もないまま時間だけが過ぎてあの日から2日後の夜を迎える。食堂で一人考え事をしながら晩御飯を食べてる初人。 手元のフォークに刺さった分厚いお肉も初日のような感動はなく黙々と口へ運ぶ。  別に贅沢な暮らしがしたくてここにいるわけではない。賞味期限ギリギリの薄いスーパーの安いお肉も家族と食べれば最高に美味しかった。  小学生低学年で初めて店員の視線を掻い潜り盗んで手に入れたお菓子の味は忘れない。お金がなくても知恵があれば生きていけるんだと教わった。  そんな3人で仲睦まじく過ごした日々が突然頭の中に浮かび上がり、初人の瞳が自然にじんわりと潤んでくる。 だけど、この正念場を乗り越えなければ、その生活に戻ることも叶わない。 初人は上を向いて一回鼻を啜って気合いを入れ直すように頭を振ってキリッと目を見開いて前を見た。  チャンスさえあればタイミングを見計らってもう一度行動に移したいものだが、いかんせんこの二日間ずっと自室にいる郁のおかげで下手に身動きできなくなっていた。  「聞いたんだけどさ郁さんしばらく自宅業務で外出しないみたいよ」  「え〜監視されてるみたいで息がつまるわ」  初人の後ろの席で食事をしながら話している女子二人組の会話が聞こえてきて、内容を聞いてますますチャンスが遠のいてしまったと思うと同時に何か良い情報が得られるかもとそのまま耳だけ傾けた。  「例のマスコミ暴行の件、動画がSNSで広がってるみたいだし。だからよ」  「その件には同情したいけど、いつもの行ないがあれじゃぁ仕方ないわよ。あっそういえば新しく入った警備担当の人クビになったらしいよ」  「えーあの彼?何で?何かしでかした?」  「詳細までは知らないけど、クビになるって事は何か郁さんの気に触る事したんじゃない?新人であっても容赦ないからね」  "もしかして自分のせい?"そう初人は直感的に思った。じわっと罪悪感が湧いてきたが今は他人の心配している場合ではない。 彼には申し訳ないが計画を実行するには、多少の犠牲を伴う事もある。自分の意とは反する結果だが許してくれ。 そんな気持ちでご飯を平らげ噂話に花を咲かせる女子達を横目に食堂を出た。  その日の夜は満月で空気も何だか(よど)んでいるような感覚といつもに増して静かに感じた。部屋に入ろうと自室ドアの前まで来ると、後ろからガチャとドアが空く音がして顔がひょっこり出て手招きされる。  「慧っ!ちょっと今暇?」  『夕日。暇っていうかまぁ、何かあんの?』  「休みでさ許可もらって外出してきた。慧ってお酒いける口っ?付き合ってよ」  そう言って覗かせた顔の横にお酒の瓶を出すとへへっと笑った夕日。正直この先どうしていいか分からず一度振り出しに戻った状態。 こんな時お酒の力を借りて気晴らしするのもありかと夕日に"いいよ"と返事して招かれるように向かいの部屋に入った。  初めて入った夕日の部屋はごちゃごちゃと物が溢れていて、片付けているつもりだろうけど散らかって見え初人はキョロキョロと床に置かれた物に目を動かした。  「あっ、勘違いしないでよ。片付けられないんじゃなくてものが多いだけだから!僕貧乏症だから物捨てられなくて」  『別に何も言ってないじゃん』  「いや、そういう目をしてたよ〜人の部屋掃除する前に自分の部屋片付けろって目っ!」  『はいはい。それはいいけど俺お酒めっぽう強いけど大丈夫?』  「そうこなくっちゃ!」

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