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$6.誰もがみにくいアヒルの子③
それから涙声で事の経緯を話し出した以前から定期的に施設は訪れていたものの、取り壊しになる話は、寝耳に水で驚きと同時にショックが隠せない様子夕日。
「確かに建物が老朽化してるのはそうなんだけど、取り壊しなんて……」
『それじゃ居る子供達はどうなんの?』
「市内の施設に分かれて入ることになるらしい。でも違うんだ!幼い頃から育ってきた施設はみんなにとって実家だし、家族なんだよ」
バラバラになる事は家族を引き裂かれる事と同じ。まさに今の初人のような状況と重なって、他人事のように思えなかった。
「きっと結構前から決まってたんだと思う。建物が古いだけじゃなくて、取り壊しにはきっと別の理由があるんだよ。だけど、、施設長はギリギリまで黙ってたし本当の事までは話してくれないんだ」
『それは夕日に余計な心配かけさせたくなくなかったんだよ。もし俺でも同じように黙ってたと思う』
「、、だけどさ知ったところで、僕には何もできない何の力もないから。悔しいし不甲斐ないよ……ッ、、うっ…」
目に溜まる涙は限界を迎え頬を伝って床に落ちた。拭っても溢れ出てくる涙を手の甲で飛ばすように当て払いながら話す。
施設の子供達はみんなこの"みにくいアヒルの子"の絵本の様に、自分は他の家庭とは違う悲しい子だと。だけど施設にはそういう子供たちが集まっていて不幸のは自分だけじゃない、ここには家族がいるって思わせてくれる場所。
施設にはかけがえのない絆が詰まっていると。
泣きながらも話す口とお酒を持つ手は休めない夕日。明らかにお酒に飲まれ始め顔を赤くした顔は泣いたせいなのか、酔いのせいか区別はつかないが心配になり始めた初人。
『なぁ夕日、飲むのはそれくらいにー…』
「いいの!今日はさ飲まなきゃやってられないんだからっッ。学歴もお金もなコネもない、誇れるものなんて何もない役立たずの僕なんか何やったってダメなんだからさー」
『そんな事ないって』
「あーもうなくなっちゃった。お酒、お酒」
お酒の追加を取りに行こうと起き上がり冷蔵庫へ足を踏み出した瞬間、バタッとおぼつかない足が絡まって勢い良く顔面から倒れこんだだ夕日。
『あっ、ちょっ夕日!大丈夫かよっ、!』
慌てて駆け寄って顔の覗き込む。泥酔でふらつき倒れ込んだかと思いきや、目は閉じてスースーと寝息が聞こえてくる。初人は心配から呆れに変わって、夕日の頭をペチっと叩いて寝ているのか確かめる。
『マジで寝てんのかよ。潰れんの早すぎだろ。どうしよ、あ〜ダルっ』
仕方なく酔い潰れて床で眠ってしまった夕日をこのままにも出来ず寝室へ運ぶことにした。自分より身長も体重もある夕日を抱えて、足元の荷物を踏まないように気使いながら進むのは一苦労。ヨイショと勢いよくベッドに下ろすと弾力のあるベッドで夕日の身体は弾んだ。
『ハァ、腕千切れるわっ!ってか俺も人がいいよな。ほっときゃいいのに』
だけど号泣しながらあんな話されて放っておけるほど心は|荒《すさ》んではいない。むしろ親近感を覚えるほど気持ちが分かる生い立ちだ。
ムニャムニャと身体に入ったアルコールに侵されて気持ち良さそうに眠っている夕日にそっと布団をかけると一瞬、顔が笑ったような気がした。
誰にだって一度は母親に布団を被せてもらい、子守唄を歌ってもらう。そんな記憶は大人になっても消えないものなんだ。
出会った場所が違えばきっともっと分かり合える親友 でいられたのかも。
電気を切って寝室を出る。散らかったテーブルの上の飲み干した缶やお菓子のゴミを袋にまとめて気持ち程度に片付けた。
まだ手付かずの栓がしてある日本酒のビンの手を伸ばす。そして裏のラベルを見てお土産代わりに持ち帰ることにした。
『これ貰ってくか。こんな度数が高いの夕日が飲んだらやばいだろ』
夕日の部屋を出る頃に0時を過ぎ、日付が変わっていることに気づく。明日は休みで特に用事は無く、夕日の話を聞いているうちに父親に無性に会いたくなってボソッとつぶやいた。
『お父さん大丈夫かな、、会いに行きたいな』
自室の前でポケットから取り出した鍵を鍵穴に挿して回すとその感触にアレ?と首をかしげた。
鍵は掛けてあるはずなのに空いている様だ。
ドアを開けると電気も付いて明らかに様子がおかしい。電気もつけたまま鍵もかけ忘れて出て行くなんて事は警戒心の強い初人はまずしない。
まさかこんなところで泥棒なんて有り得ないだろうと思うが、もしかして自分の様な考えでこの家に来た者がいないとも限らない。
ゆっくりと部屋の中に進むと手にした瓶に力が入り万が一に備え、先を握って上に持ち上げて構えた。
だけど特に部屋荒らされた様子もなければ、そもそも取られるようなものは置いていない。泥棒の可能性は薄まって、上げた瓶を下ろしたその時だった。
「夜遊びとは随分な事で」
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