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$6.誰もがみにくいアヒルの子④

 背後から聞こえた声に驚いて再度ビンを構えた初人。そしてその声の主の姿を目の当たりして今一番会いたくない人物がこの距離に、しかも逃げられない二人だけの空間にいる事で動揺に変わる。  『な、何で!?』  「おいおい物騒だな。それで殴るのだけは遠慮してくれよ」  『ってか!勝手に入ってくんなよ!』  「ここは俺の家だ。どの部屋に入ろうが自由だろう。それとも入れられたくない理由があるのか?」  部屋にいたのは郁、まさに最悪の状況。ただ何の訳もなく使用人の部屋を訪れるはずはない。しかも鼠を窮地に追いやった猫のような顔をしている郁を見れば、ここへ来た理由は大体分かる。  『言ってる意味か、、分からないですけど』  「何だ突然敬語になって、もう猫被る必要は無いぞ。自分から言うか?それとも俺から言ってやってもいい』  郁が一歩二歩と近づいて距離は縮まると長身の身体が初人の目の前に立つと意地悪な顔と合わさって威圧感は増す。それでも怯んだら負け、初人は表情変えず対抗する。  『だから何の事だか。勝手に部屋に乗り込んでわけのわかんないことー…っっ、、ッ!!』  何か起こったか分からなかった2秒間、気がつけばと目の前に郁の顔がすぐあった。その後ろには天井が見え、背中にはいつもの布団の感触。そして両肩が痛く重く郁の腕に押さえつけられていた。初人はベッドの上に倒されて郁に馬乗りの状態になった。    『痛てぇな、何すんだよこの変態!』  「威勢が良いのはそれそこまでにしとけ。抵抗しても不利なだけだぞ」  床に落ちた大きな音を出したが瓶は割れる事なく転がって、壁に当たって動きを止めた。    ジタバタと体を左右に動かすが、下半身もしっかり足でホールドされ完全に動きを封じられた。体格差を見せつけられ、なす術は無いと悟った初人は全身の力を抜いてベッドに身体を預けた。  『言いてぇ事があんならはっきり言えよ」  「時計を返してもらおうか」  『は?何それ時計がどうしたって?」  「お前が盗ったんだろ、新見慧」  『さぁ知らないね、証拠でもあるわけ?それともこの部屋から時計が出てきたとでも?だったら見してくれよ無くなったアンタの時計をさ』  初人もバレない自信があった。目撃者もいない防犯カメラにも残っていない、何より時計は行方不明で物的証拠がない限り犯人とは断言できないはずだ。 脅せば白状するとでも思ったら間違い、そんな|柔《やわ》な覚悟でここに来たんじゃないとでも言うような顔でニヤリと至近距離に微笑みかけた。  「なるほど。お前は相当鋼のメンタルらしい、思った通りだな」  『は?どうゆう事だよ」  「正直言うとここにあるはず時計はなかった。だから後はお前に自白してもらうしかない」  『はっ、ざけんな。物が出てねぇならただの言い掛かりだろうが!』  周りの使用人達はすでに寝静まり電気が灯っているのはこの部屋ぐらい。外には24時間体制で警備が巡回して懐中電灯の照らす明かりが長く伸びていた。  「そんなに声出してると隣や外に聞こえるぞ」  『聞こえて結構。いっそのこと家の主に襲われかけてますって大声出してやるよ』  「あぁ出せばいい。ただこの敷地内にお前を味方する者がいると思うか、盗っ人のな」  『だから俺じゃねぇって言ってんだろ』  次第にジンジンと痛み始めた肩に顔を歪める初人。押さえる腕を退かそうと手で掴むと、郁の耳にかけた髪がはらりと落ちてウェーブする横髪の間から動いた口から出たのは意外な言葉だった。  「いい加減諦めたらどうだ。忽那初人!」
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