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$6.誰もがみにくいアヒルの子⑤

 まさかその名前を聞くなんて想像もせず一瞬耳を疑った。だけどこの距離ではっきり言った言葉を聞き間違えるはずはない。冷静沈着な初人もさすがに驚きの顔を隠せなかった。  「いいねえ、その驚いた顔」  『な、何言ってんだか。それ誰だよっ』  「そうか身に覚えないか。忽那初人、23歳、生まれは千葉、現在父親と2人暮らし。父親の名前は忽那清一……」  『ヤめろッっ!!』  スラスラと得意げ口を動かせ、したり顔の郁に堪らず声を荒げて遮った。家族のことまで調べられてさすがに黙ってられない。固定された足を力強くで外して蹴りを一発入れてやろうと思ったが、郁はふわっと身体を起こしてベッド脇に立ってうまく交わした。  「おっと。窃盗に加えて傷害もつくぞ。あぁそれと身分詐称の詐欺罪か」  『るっせえ』  「ふっ、その反応は認めたって解釈でいいか?」  『他人の事根掘り葉掘り調べやがって悪趣味め』  「雇い人の素性を知っておくのも必要でな。ちょっとばかりその類いの事件で揉めてる最中でな」  ホテルでの盗難事件の渦中でのこの出来事。多くの従業員を抱える大手ホテルチェーンの幹部となれば多忙な上、従業員との接触は少なく雇った全ての人間を把握するのは不可能。  『だがまさか俺の部屋で起きるとは思わなかった。そんな隙を狙って野良猫がこの家にウロチョロいていたらしい。そこで田ノ上に調べさせたら、お前がまさかの別人だったって事だ』  『別人だからって何なわけ?認めるよ、確かに俺は新見慧じゃない、身分証は拾ったものでなりすましてた』  「なぜそんな事を?」    初人は突然声のトーンが下げて同情を誘うように伏せ目がちにして(うつむ)いた。これから物語を即座に作るお得意の即興芝居が始まる。  「家は貧乏で物心ついた時からお父さんと2人で暮らしてきた。病気がちの父親は働くことも難しくて俺が働いて贅沢はできないけど、慎ましく寄り添って生活していた。だから夢はいつかこんな大きなお屋敷に住んでみたいって夢があった。それでこの仕事を見つけて、、」  もちろんこれは全て演技でこの場を切り抜ける為の嘘。つらつらと自分でもよくこんな嘘八百を並べられるなと感心する。極め付けは目を潤ませてアカデミー俳優顔負けの名演技だって朝飯前。  『だから俺はこの家で働けて夢が叶ってお父さんも喜んでるんだ。だから本当に感謝してる。だからそんな盗みなんでするわけない!』  「なるほど。だとすれば盗んだ野良猫は誰か。他の使用人または関係のない部外者が入り込んだか」  迫真の演技が功を奏したか、風向きが変わってきた。徹底的な証拠がないなら相手を言いくるめられる。絶対に捕まるわけにはいかない。  「一旦犯人はさておき、時計を盗んだ目的は何かだ」  『そんなの高級な時計なら欲しいヤツはゴロゴロいるだろ。マニアなんだよ、犯人は』  「たがなくなっていたのは一つだけ。しかももっと見るからに値打ちのある時計はそのままだ。部屋には、時計以外のものも多くあったがそれには手付かず。ただの物取りと考えるには不自然だろう」  プレミアクラスの物が溢れたあの部屋からなくなっていたのはたった一つだけ。明らかに何かの意図があっての事だと気付いた。    「忽那初人、単刀直入に聞く。お前がここにきた目的は?」  『それはさっき言っただろ。何回言えばー…』  「本当か?大事な父親を留置場から出す為に資金が必要なんじゃないのか」  初人はそれを聞いた瞬間身体が凍りついた。素性はバレてしまったものの、まさかそこまで調べられる訳はないと思っていたからだ。  『何でそれを……?』  「下手な芝居ご苦労さん』  『っっ何でそんなの事まで何で知ってんだよっ!』  「そっち関係にも繋がりが多くてな。調べれば調べるほどザクザク出てきてなかなか面白かったな。下手な映画を見てるよりずっと面白い」  |嘲《あざ》笑いながら話す郁を最後の抵抗とばかりに睨みつけるが、そこまで知られてしまったらもはや戦う気力も失われて視線を外した。 そんな初人を見て観念したように見て取れる。  「俺は平和主義者だからなるべく話し合いでカタをつけたいんだが」  『……わかったよ。どうすればいい?』  「まずは時計を返せ。話はそこからだ」  『あっ、時計ー…だよな。えっと、、それがさその、、』
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